第一話「エジプトの大嘘つき、ハッサン」- 前編 –

20th May 2020 by

 

「この人アタオカじゃん。」

この間テレビを見ていた嫁さんが不意に言った言葉。

「アタオカ?どういう意味w?」

「え?頭おかしい人。」

略され方が完全に令和だった。

嫁さんから教わる現代語は少なくない。

いつも勉強になる。

 

今回は、私がエジプトで出会った「アタオカ」の話を書いてみたいと思う。

この話は結構長いので、前後半分けて書きます。

 

 

気温40度、湿度10パーセントぐらい。

暑い。

とにかく暑い。

汗が止まらない。

額から汗が垂れ流れていく。

 

カイロに着いたのは、ちょうど昼頃だった。

乾ききった空気にムスリムの大群。

初のアフリカ大陸にテンションはかなり上がっていた。

明日も明後日もその先も予定はなくて、

とりあえずピラミッドが見たい。

エジプトに来た理由は本当にそれぐらいしかなかった。

まずは寝床を探すこと。

ピラミッドのあるギザ地区までタクシーで向かう事にした。

 

アメリカとかヨーロッパではあまり無いが、

貧困な国ではタクシードライバー達から

日本人はスター来国ぐらいの出迎えを受ける事が多い。

この国でタクシーを捕まえるのは難しくないのは、

目の前の街を見ていればわかった。

 

スーツケースを転がす私に、早速話しかけてきたターバンを巻いた男。

伸ばしっぱなしの髭になんとも言えない三白眼が印象的だった。

 

「ジャパニーズ?ピラミッド?」

 

片言の英語で話しかけてきた。

 

「そう、ジャパニーズ。タクシー? ピラミッドも行きたいんだけど、

まだ泊まるところも決まってないんだ。」

 

「オッケー!オッケー!じゃあ友達のホテルにまず連れて行くよ!それからピラミッドに行こう!今から俺はお前の専属ドライバーだ!ラッキーだな!」

 

勝手に話が進み、一方通行の会話が始まる。

登場人物だけが違う、いつも同じストーリーの連続ドラマのように、

飽きるほどリピートしてきたこの光景。

こういう場合は車に乗ってから、

金が全く無いことを伝える。

リスキーな行動だけど、

乗る前に金が無い事を伝えると、

顔色が急変して冷たくり、次。

みたいな感じで無視されたりする事が多かったからだ。

もう乗せてしまったから仕方がない。

という方向に持っていくのが常套手段だった。

 

「完璧じゃん。じゃあまずホテルに荷物置きたいから行こっか。」

 

スーツケースをトランクに乗せて、後部座席に乗り込んだ。

ターバンの男はご機嫌のようだった。

 

「名前はなんていうんだ?」

 

「KIKIだよ。あなたは?」

 

「俺はハッサンだ!」

 

 

 

この瞬間から今回の話は狂い始める。

 

 

 

走り出して10分ぐらいした頃。

ハッサンに金が全然無い事を伝えた。

もちろんタクシー代ぐらいはあるけど、

お前を専属ドライバーにできるほどの金もないし、

紹介するホテルも激安で頼むと伝えた。

 

「オッケー!オッケー!全然問題ない!」

 

ハッサンの反応は意外だったが、

ほかに当てがある訳でもなく、

とりあえずハッサンに身を任せることにした。

当時は何も後先は考えていなくて、

死ななきゃ何でもいい。

そんな考えでいる事がかっこいいと思っていたのだ。

トラブルにダイブする感じ。

 

思ったより早くホテルに着いた。

まあまあ綺麗なホテル。

高そうだが、大丈夫か?

物価も何も調べないで旅を続けていたから、

現地の金の価値観もわかっていなかった。

ハッサンはちょっと待ってろと言ってロビーに向かった。

 

待つ事数分。

 

「だめだ、今日は満室らしい。」

 

「そっか、じゃあ違うホテルで頼む」

 

「オッケー!オッケー!」

 

ハッサンはずっとテンションがかなり高い。

でもそれはドラッグとかでは無い感じのエネルギーみたいなものだった。

運転中たまに真顔になる時もあって、顔が冷たく尖る時があった。

人間っぽい顔っていうか、シリアスな感じというか。

このギャップが少し気味が悪かったが、そのままドライブは続いた。

それから結局、何件もホテルを転々とする事になった。

当日空いているホテルが全くない。

そんな事あるか?

いくら観光地でもおかしい。

ハッサンへの疑心感はどんどん高まっていた。

補正されていないポンコツ道路を軽快に走る中、

ハッサンが急に聞いてきた。

 

「俺の家に泊まるか?」

 

探すのがめんどくさくなったのか、罠なのか。

一瞬戸惑ったが、

 

「マジ?いいの?じゃあ頼むわ!」

 

そして結局ホテルでは無く、ハッサンの家に向かう事となった。

旅の中で常に”ノリ”のプライオリティーは高くて、

“ノリ”の先にいつもとは違う世界があると思っていた。

ただ乗るタイミングは選ばないといけない。

サーファーが波を選ぶのと同じように、

乗れないと飲み込まれるから。

 

またそれから20、30分。

今自分がどこを走っているのかもわからないまま進む。

賑やかな商業的な景色から、

生活風土全開のゲトーな住宅地に景色が変わっていった。

車から見える地元の人達が貧困なのは一目瞭然で、

強烈な異国感に少し背筋が伸びた。

 

「着いた!ここが俺の家だ!」

 

ハッサンの家は辺りから孤立していて、

石を積み上げて作ったようなボロボロの家。

独特なお香のような匂いがした。

間取りは一応2DK?ぐらい。

石なのかコンクリートなのかわからない、

乱雑に積み上げられた壁も隙間、穴だらけ。

風も砂も虫も外人もウェルカムな家だった。

案内された部屋にはベッドしかなく、

想像以上に汚かったし、枕もベッドもホコリまみれ。

シーツすらなかったけど、

ベッドがあるだけでもありがたかった。

 

一通り着替えを済ませて、

パスポートと現金の入った紐付きポーチをTシャツの中にしまい、

キッチンに行くとハッサンが夕飯を作ってくれていた。

ボコボコの鍋でグツグツ何かを煮ている。

宿から飯までこいつはどこまでやってくれるのか。

やっぱ罠か?

疑う癖がついて濁ったありがたさが湧いてきた。

 

夕飯はハッサンが作ってくれた豆のスープに付け合わせの変な形のパン。

クソ不味かった。味がない。感じ。

でも手作りは嬉かった。

なんでハッサンは見知らぬ自分にここまでしてくれるのか少し怖かったけど。

 

夕飯を済ませると屋根の上に行こうと誘われ、

ハシゴを登り屋根の上に登った。

風がめちゃくちゃ気持ちいい。

エジプトは夜と昼の寒暖差が激しくて、

夜はけっこう涼しいからギャップで余計気持ち良く感じる。

後から登ってきたハッサンがシーシャを持ってきた。

何かエジプト感が出てきた感じがした。

屋根の上で二人でシーシャを吸い、ボーッとしていた。

 

「何から何までありがとう。少ししかないけど金払うよ。」

 

「いいよ!問題ない。お金もいらない。」

 

「じゃあ何か掃除でもするよ。あと何日かエジプトにいたいから何泊かさせて欲しいんだ。」

 

「何泊でも泊まっていいぞ!ただ手伝って欲しいことがあるんだ。」

 

ついにきた。

入国以来止まらない汗の種類が変わっていくのがわかった。

 

「なに?」

 

「家の壁の石、あれは全てピラミッドから持ってきた石で作られているんだ。神聖な物なんだ。それを取りに行くのを手伝って欲しい」

 

「え?ピラミッドの石?って持ってきて良いの?

ないない。あり得ない。ピラミッドから盗んでくるって事?」

 

「簡単に言えばそうだ。あの壁も少しずつ持ってきて自分で作ったんだ。」

 

嘘としか思えなかった。

まず神聖とか言いながら盗む事自体イカれてないか?

それにイスラム教では盗みはかなり重罪なはずだった。

サウジアラビアでは盗みだけでまだ死刑があるとも聞いたことがある。

あと、削るってことなのか、近くの石を持ってくるのかも、何もかもが曖昧だった。

 

「どうやって持ってくるの?俺は何をすればいい?」

 

「俺がバックパックパンパンに入れて持って帰る。セキュリティーは俺の友達だから大丈夫だ。お前は車の見張りをしてくれればいいだけだ。」

 

何故か引けない感じがあった。

男だから的な引きたくない感、というか。

そしてまたハッサンに身を任せることにした。

 

「いいよ、やろう。いつ?」

 

「今夜だ。ありがとうKIKI。深夜1時に出発するからそれまで仮眠しよう。」

 

今夜?

初日にっていうか、初ピラミッドが盗みか。。

 

要はハッサンが石を取りに行っている間、車に乗り待っていろとのことだった。

誰か来ても、自分の車かのようにしてやり過ごせばいいらしい。

なんだそれ?

無計画すぎるし、自分のポジションが必要なのかもわからなからなかったが、

結果やる方向で進んでいった。

シーシャを最後ワンショット吸い、意味も否定も忘れてとにかく仮眠をとる事にした。

 

深夜1時。

出発の時間。

ハッサンはバックパッカーが持っているような、

真っ赤の大きなリュックを背負っていた。

いつもの作業なのだろう。

じゃあ行こうか。ぐらいの感じで出発。

ピラミッドまでの間、ハッサンの仕事について聞いてみた。

 

「ハッサンはいつからタクシードライバーなの?」

 

「いやタクシードライバーじゃないよ!俺はハッサンだよ。」

 

「え?じゃあ何やってる人なの?」

 

「だからハッサンだよ!仕事がハッサン!」

 

。。。

めちゃくちゃ笑いながら言っていた。

これ以上聞くと面倒な感じがして、それ以上の事は聞かなかったが、

いよいよヤバイか?

今まで見て見ぬふりをしてきたハッサンへの疑心感も、

でかい顔で笑っていた。

 

なかなか着かない。

ハッサンは何度も急に車を停めて電話を始める。

何を言っているか全くわからないから、もはやBGM感覚だ。

後で知ったことだけど、電話中ずっと右にあった川は、ナイル川だったらしい。

社会の教科書で見てたやつ。ただの川だった。

電話が終わりまた走り始め、遠くの月明かりの下にピラミッドが見えてきた。

街との距離感の近さもだったが、とにかくデカさに喰らう。

実際見るとマジででかい。奥には無限の砂漠があった。

でかい物を見ると見てきた物も小さく感じたりするが、

デカすぎる物を見るとその一部になってしまう気がする。

飲み込まれたのか。大袈裟なだけか。

衝撃すぎて感傷的になっただけなのか。

固まった感覚を大袈裟な感情が壊すこの瞬間が好きだった。

泣くことは良いことだというけれど、同じことだと思う。

 

そしてギザの街を抜けて、ついにピラミッドに着いた。

砂利の駐車場にセキュリティーの車なのか、

1台だけ車が止まっていた。

ピラミッドは目の前。

これから隣の運転手は目の前のこれを盗みにいく。

ただそれだけの事。何もなく帰って、爆睡だ。

明日は何をしようか。エジプトの次どこに行こうか。

何も起こらない。

ビビる気持ちを殺すのに必死だった。

 

 

大丈夫。

 

 

大丈夫。

絶対大丈夫。

 

 

 

前編  完

 

 

KIKI

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