第七話「ベルリンの拾う神ダニエル」-前編-
1st Jul 2020 by KIKI
「どこがいいっすかねー?」
「んーアメリカ方面は今回はいいかな。やっぱヨーロッパがいいな。パリとか?」
「じゃあ俺フランスでパン職人にでもなりますかね。」
「は?お前パン勉強したことあんの?まず”じゃあ”ってなんだよ。」
「www いやっないっすよ。でもフランスって言ったらパンじゃないですか。」
「意味わかんねー事ばっか言ってんじゃねーよ。てかヨーロッパならどこでもよくない?」
「まあ実際そうなんすよねwとりあえず日本出たいです。」
「じゃあベルリンは?ベルリンめちゃくちゃアートがやばいって聞いたことあるよ。」
「いいですね!じゃあ俺ソーセージ職人になりますかね。」
「何でもいいよ。お前がやりたいようにやれよ。じゃあベルリンに決まりな。それで現地着いたら個人行動な。」
「そうっすね。俺はとりあえず向こう着いたら仕事探します!」
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アジア大陸の旅から帰国して3ヶ月くらいが経った頃、
ヨーロッパに行く計画を地元の後輩と立てていた。
アジアから帰った私の興味の針は、
真逆に跳ね返えるように、
貧困や現実のリアリティーとは反対側の世界に振り切っていた。
何気ない会話の流れから今回一緒に行くことになったこの後輩。
ニューヨークでも1年半生活を共にしていた元ルームメイトだ。
この男もこのブログで深く紹介したいくらいの、
正真正銘のインターナショナルマザファッカー。
ニューヨークでの滞在中も、
オーバードーズをきっかけに統合失調症になり、
散々イかれ狂った挙げ句敢なく帰国して行った。
帰国後も結婚したのはいいものの、
ある日嫁さんと不意に喧嘩になり、
自分の指を詰めて嫁さんに投げつけるというイカれガチ勢。
その時嫁さんは指を拾ってすぐに氷に入れ、
急いで奴を病院に連れて行ったらしいんだけど。
嫁さんの肝の座り方もかなりクレイジーだと思った。
奴は迷惑かけまくりのクソ野郎だったが、
昔から何故か見捨てられない存在でもあった。
そんな後輩と何となくで決めたベルリン行き。
出発前からお互いの認識は一致していた。
現地に着いたら後は自由行動。
どこの国にどのタイミングで移動してもいいしお互い行動は共にしない。
奴も旅では常にパルプンテが起きる事は知っていた。
予定通りじゃなくなった瞬間から旅行が旅に変わる。
ロシア経由で目的地ベルリンまでは20時間。
まあ何か困ったらお互い助け合おうぐらいの気持ちで成田を出発した。
機内で隣の席だった後輩は、ギャグなのかまた発病したのか、
アイマスクをしながら本を読んでいた。
もう奴の意味不明には慣れすぎていてツッコミもしなかった。
激狭のエコノミーシートと、
最低のアエロフロートの機内サービスにイラつく中、
私と後輩は夜9時頃、ベルリンティーゲル空港に到着した。
税関を抜けると、開いた自動ドアから一気に吹き込んでくるキンキンの冷たい風。
香水と金属の匂いが混ざったような独特な異国臭が漂う空港は、
寒さを超えた痛々しいほどの冷たさが好奇心さえも凍らせていくようだった。
11月の極寒のベルリン。
ここから2ヶ月間のドイツ生活が始まった。
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「ようやく着きましたねー。ユースホステルどんな感じなんでしょうね?」
空港でタクシーを捕まえ、ベルリン市内のユースホステルに向かっていた。
「俺もわかんない。でもいい感じだって言ってたから大丈夫でしょ。とりあえずそこに何日か滞在して、どっかいいところあったら移ればいいじゃん。」
出発前にニューヨーク時代の友達にユースホステルを紹介してもらった。
期待もしていなかったが、不安もなかった。
正直寝られれば別にどこでもよかった。
タクシーに乗り30分程でユースホステルに到着した。
レンガ造りの外観に、一階はバーになっていてビリヤード台が一台あった。
壁にかけられたアートも一つ一つの家具も細い部分までセンス抜群。
清潔で文句一つない想像以上のレベルの高さだった。
フロントで空室を確認すると、8人部屋のベッドが2つ空いていた。
一日1200円。値段も衛生レベルも最高の条件。
案内された部屋には二段ベッドが4台あり、
男女混合で世界各国からのバックパッカーが集っていた。
バスルーム、シャワールームは共同。
私と後輩は一つの二段ベッドを与えられ、
上下に別れとりあえずベルリンでの寝床を確保した。
それから始まったユースホステルでの生活とベルリンライフ。
後輩とは別々に行動していたから、奴が外で何をしていたのかはわからない。
結論から言うと10日ぐらいで後輩は帰国した。
理由はわからないが奴の中で何か決断があったのだろう。
やっぱり奴の考えていることはよくわからない。
元々別行動だったからか正直何の変化もなく、
またいつも通りに戻った。それぐらいでしかなかった。
ベルリンに来てからの毎日は完全にルーティーン化していた。
毎日朝から晩まで街をとにかく歩いて写真を撮る。
噂通りのアートの街に衝撃の毎日だった。
なんて言うかアメリカとかとは全く違う。
伝統的なヨーロッパ調の建築にストリートアートが描かれて、
クラッシックにヒップホップが乗っかってると言うか。
グラフィティも多かったが、その頃はバンクシーが世に認知され始めた頃。
ステンシルアートが街のそこら中に溢れていた。
毎朝、写真屋でその日の天気や撮りたいものに合わせてフィルムを選び、街をただただ夜まで歩く。
夜は一階のバーで宿泊客達とビールを飲んでビリヤード。
ベルリンに着てからのルーティーンはそんな感じだった。
その内ユースホステルの従業員達にも顔を覚えられるようになり、
皆と次第に仲良くなっていった。
中でもバーテンをしていた一人の男とは一番仲良くなった。
それがダニエルだ。今回の主人公。
ダニエルは背が高く細身でクールだがユーモアのあるドイツ人。
とにかくいい奴で、笑いのツボも一緒だった。
仲良くなってからは毎晩のように酒を飲みながら、
二人でビリヤードに明け暮れていた。
そんなルーティーンを繰り返していたら仲間が増えて、
ずっと同じ部屋にいたフランス人の大学生オリバーも加わるようになった。
全員違う国の出身。
話す言葉も習慣もバラバラの3人だったが、
私達は日々仲良くなっていった。
外でも遊ぶようになり、ダニエルの家にも行ったり、
まるで小学生の頃のように毎日飽きもせず、
ずっと一緒に遊んでいた気がする。
そしてそんな日々が2週間ぐらい続いた、
ベルリンに来て4回目の週末。
今回のドイツ旅行が旅に変わる。
週末土曜の夜。
ダニエルとダニエルの友達数人とクラブに行くことになった。
ベルリンでは平日も休日も関係なくパーティーがたくさんある。
この街の夜は荒れていた。
クラックやスピードでおかしくなった若者達が、
有り余ったエネルギーを爆発させるかのような熱気があった。
その頃の私にはそれがめちゃくちゃカッコよく見えた。
ドラッグ云々ではなく、そのエネルギー自体がもはやアートに感じていた。
街で荒れ狂う若者達とストリートアートが混ざりあい、
本当にトレインスポッティングの中にでも来たような感覚だった。
尖る白く冷たい凶気が最高にクールに見えた。
ダニエルに連れて行ってもらったクラブは、
アリの巣のように地下に降ると何個もフロアがあり、
各フロア別ジャンルの音楽が流れるかなりでかいクラブだった。
フロアは熱気で溢れ、トイレではラインを引く現地の若者達。
ジャッカス乗りと言うか、とにかくクレイジーだった。
客のほとんどは現地のドイツ人でアジア人は自分だけ。
90%白人の9%黒人に1%のアジア人という感じだった。
ダニエルに連れられて皆でバーカンに向かい乾杯をした。
ドイツではイエガーマイスターを最初に皆で乾杯する習慣がある。
初めて会う奴も何人かいたが皆いい奴ばかりで、
この日も笑いが絶えないいつも通りの夜になるはずだった。
が、そんな雰囲気を次の瞬間一瞬にして最悪の展開に一変される。
私はバーカンの前で連れのみんなと二杯目のビールを飲んでいた。
そこに入り口から突如5、6人の白人のスキンヘッド集団がやって来て、
一人が私を思いっきり突き飛ばして来た。
「おい!お前みたいな奴が何でここにいんだよ?アジア人がここで何してんだ?」
「は?何言ってんだお前?」
突き飛ばして来た奴の首元には卍字のタトゥーが入っていた。
よく見るとそいつら全員に卍字のタトゥーが身体のどこかに入っていた。
奴らはネオナチだった。
白人至上主義のヒトラー志向を継承した現代のナチス達。
まだいるとは聞いていたが実際に会ったのは初めてだった。
しかも奴らは見るからにまだ若かい。
「早く帰れよ。チャイニーズがいる場所じゃないんだよ。」
何度も肩を突き飛ばしてくるネオナチのクソガキ。
その内ダニエル達が様子に気が付き止めに入って来た。
それでも果敢に私に詰め寄り、次は頭を手の平で突き飛ばされた。
この瞬間何かが切れてしまった。
持っていたハイネケンの瓶でそいつの頭を殴った。
そこからはもう乱闘騒ぎ。
火がついたように奴らは殴りかかって来た。
ダニエル達も全員私に加勢してくれ、
ネオナチのガキ共とバーカン前で乱闘になってしまった。
一瞬にして始まった乱闘はクラブ全体が反応し始め、
セキュリティー達が総出で止めに入る。
私も誰にやられたか覚えていないが、
何発も殴られ、口からも鼻からも出血が止まらなかった。
私含め乱闘に加担した全員がクラブから引きずり出され、
外に出ると警察が来ていた。
ドイツ語で何かと質問してくる。
私はドイツ語は皆無に等しく、英語で何度も聞き返したが、
警察は私に聴く耳も持たずネオナチ共に事情聴取を始めた。
ダニエルが必死に警察に何かを叫んでいた。
多分私を庇ってくれていたのだと思う。
クラブの外で血を拭きながら壁に寄りかかり座っていると、
3人の警察官が私のところに歩み寄って来た。
そして腕を掴み無理やり後ろを向かされ手錠をかけられた。
は?
逮捕?
しかも手錠をかけられているのは自分だけ。
ダニエルは最後まで警察に何かを訴えかけていた。
警察は熱くなっているダニエルを宥めながら、
私をパトカーに乗せそのまま警察署に連行した。
パトカーの中、もう目の前は真っ暗だった。
人生初めての逮捕がドイツだとは思っていなかった。
車内でも何を言っても話すら聞いてくれない警察官達。
乱闘で出ていたアドレナリンも徐々に引き、
シラフに戻るに連れて恐怖に飲み込まれていくのがわかった。
同時に初めてここまで強烈に味わった人種差別に悔しさみたいなものもあった。
ここからどうなる。
冷たい黒の手錠がものすごく重く感じた。
前編 -完-