第二十一話「アイラブケンタッキー、チャー」-後編-

7th Oct 2020 by

 

 

 

 

ノーヘルで原付を3ケツする少年達と、

村の集会場に一つあるテレビに群がる労働者達。

逆走していく昭和の様な景色を置き去り、

掴めない答えが指の間を無情に抜けていく。

タクシーから流れる景色を静かに眺めるチャー。

車内には乾いていく窓から出した右手の雑音だけが聞こえていた。

 

 

タクシーで走る事約20分強。

無言のチャーは孤児院を出てから外の景色をずっと見ていた。

ここはもうアンコールワットなのか?

ついさっき入り口で謎のおっさんから一日券を二枚買い、

ドライバーに言われるがままに払った。

 

本物なのか…

 

そこを抜けてから今までの景色が、

明らかに遺産っぽい建造物に変わっていく。

当時は知識が全く無くてわからなかったが、

簡単に言えば画像で見るアンコールワットは、

馬鹿でかい敷地の中の一角にある一つの城?にしか過ぎず、

敷地の中には他にも何十もの建造物があり、

爆弾で破壊された形のまま残っている生々しい遺跡なども多々あった。

ちゃんと見て周るなら一日では多分足りないと思う。

いや確実に足らない。

 

進んでいくタクシーは行き先も言っていないのに、

着実に遺跡の敷地の中央に向かっていく。

オーナーがドライバーに伝言してくれたのか、

数分もしないうちに画像で見てきた、

例のアンコールワットが見えてきた。

 

とりあえずでかくて、広い。

あと人の数がハンパなかった。

 

さすが世界遺産。そんな印象だった。

世界中から観光客が来ているのだろう。

観光客がいるところはあまり行っていなかったせいか、

私はまずあまりの人の数に圧倒された。

進んでいくに連れてタクシーから見える、

人の群れは徐々にデカくなっていく。

 

だが進めば進むほど小さな疑問もデカくなっていった。

 

 

 

 

あれ?

 

何かおかしい。

 

よく見ると群衆は観光客じゃない。

 

現地民…?

 

 

タクシーが駐車場に車を止め、

私はチャーを連れて外へ出た瞬間、

案の定、物凄い数の物乞いの子供達に囲まれた。

 

「マネー!マネー!」

 

べぐる子供達は遠慮のかけらも無いほど、

ストレートに群がってくる。

私はこの様子を写真に撮りたくて、

鞄からカメラを出しシャッターを切ろうとした。

その時タクシードライバーが急に止めに入ってきた。

 

「だめだ!だめだ!勝手に撮ったら全員にもっとしつこくタカられるぞ!」

 

ドライバー曰く、

ここで物乞いをする子供達の多くが、

”ここ”で生まれているらしい。

 

ここで言うこことは本当に“ここ“のことだ。

 

冗談でも何でも無く、

彼らはアンコールワットの敷地中で生まれて、

生まれた時から観光客への物乞いで飯を食っているらしい。

だから彼らは道端での金の稼ぎ方を知っている。

一番近くにいた少年に写真を撮らせて欲しいというと、

撮り終わってから金をくれ。と言われるし、

ある奴はミサンガを強引に私の腕にはめて、

はい、金。みたいなガキもいた。

やり方がタイムズスクエアーで無理やりCDを売るハスラーと同じだ。

彼にとって観光客はウォーキングウォレット。

 

歩く金。

 

チャーの手を取り物乞いをかき分けて、

中央に聳えるアンコールワットに向かった。

物乞いをあしらうのに気を取られていたが、

そう言えばチャーは大丈夫だろうか。

急にチャーの事が気になってチャーの表情を伺った。

チャーはニコニコ笑っていた。

何の笑みなのかはわからないが大丈夫な様子だ。

城に近づくと観光客らしき人間が増えて、

城の入り口は列ができていた。

列に並び入場を待っている間、

辺りを見回した時、多少の安堵感に満たされ、

ようやく遺跡に来たことを実感した。

 

順路に沿ってチャーと二人城の中を進んでいく。

石造りの遺跡を手でなぞる様に触れるチャー。

彼にはこの光景が一体どう写っているのか。

一言も会話の無い私とチャーだったが、

彼の表情を見ていれば感じ取れるものは少なく無い。

耳が聞こえず片目が見えていなくても、

初めて見るものにワクワクする子供のバイブスは、

手に取るように伝わるものだった。

さっきまでは私がチャーの手を引き歩いてはずのなのに、

進めば進むほどチャーは逆に私を引っ張っていった。

アンコールワットの私個人の感想は、

 

さっき書いた通り、広い。でかい。

正直それぐらい興味がなかった。

でも一つ衝撃だったのは、

城の中に現地の子供がたくさんいたこと。

彼らは写真のモデルで稼いでいた。

遺跡と現地の子供の構図は実際かなりいい画になっていた。

国に帰ってあの構図を見せたらきっといい写真だね。ってなるのだろう。

ただ最後に金を払うカメラを持った観光客を見ていたら、

なんかやっぱりフェイクの匂いがした。

人工の背景を見て写真って作れるんだなと初めて思った。

それまでポージングや指示など皆無の、

ストリートフォトしか撮っていなかった自分にとっては、

これも今となれば一つのいい経験だった。

 

No fake shit

 

それから私とチャーは1時間ぐらいかけて、

メインの城を廻り駐車場に戻った。

チャーはまだニコニコしていて興奮冷め止まない感じだった。

私はドライバーに次のスポットに行ってくれと頼み、

馬鹿でかい敷地内の奥へとさらに進んでいった。

数分ぐらいでタクシーは止まり目の前にはまた遺跡。

正直さっきのメインの城と似た様な石造りの遺跡で、

さっきほどの迫力もなく、

もう帰ってもいいかな。感は否めなかった。

でもチャーはタクシーが止まるなり遺跡にダッシュしていく。

そしてチャーは私を手招きして、

早く来いとジェスチャーを投げてくる。

もし私が一人で来ていたらすでに帰っていただろう。

でもチャーが楽しんでいるならまだここに残る理由は十分だった。

 

チャーはどんどん進んでいく。

遺跡に触れたり、めちゃくちゃでかい木を見て口を開けていたり。

いつもパソコンの前で外の世界を想像していたのか。

引率がいないとチャーは外に出れないから、

彼にとっての”今”は私とは別次元の瞬間だったのだと思う。

いつか今見えている片目も見えなくなるチャー。

それが近い未来なのか遠い未来なのかはわからないが、

私には想像もできないほどの恐怖だと言う想像しかできなかった。

チャーはこの瞬間を覚えていてくれるだろうか。

 

それからいくつかの遺跡を周り私とチャーは帰路につき、

来た時とはまた別の道でタクシーは孤児院に向かっていた。

交通量の多い大通りに抜けると、

急にチャーが私の袖を思いっきり引っ張った。

びっくりしてチャーの方を見ると、

チャーは先にあるケンタッキーの看板を指差している。

興奮を抑えきらないチャーはめちゃくちゃ可愛らしかった。

ドライバーにケンタッキーに寄ってくれと伝え、

3人でケンタッキーに向かった。

レジ前でチャーを軽く抱っこしてメニューを見せる。

キラキラした目でメニューを隅々まで見て、

チャーは一つずつ指差していく。

チャーが頼んだチキンやポテトがレジに並んでいく。

その度にジャンプをして実物を見たくて仕方がないチャー。

チャーのピュアな姿を見れば見るほど顔は微笑むが胸は痛い。

これ以上なんで彼から自由を奪うのか。

すでに両耳も聞こえないし片目も見えないのに。

私はこういう瞬間が一番神様の存在を否定したくなる。

もう片方も見えなくなったら、

チャーの世界は無音の真っ暗になってしまう。

もし神様がいるなら何でそんなことするのか。

 

チャーのお宝達が乗ったトレーをドライバーに渡し、

先に席とって食べていてくれと伝えた。

会計を済ませお釣りをもらう時、

レジの女の子が私に言った何でもないこの一言が引っかかった。

 

「レシートはいりますか?」

 

この一言は今でも私の耳には残っている。

普段はレシートはもらわない。

でもこの時はレシートをもらうことにした。

 

席に向かうとチャーはすでにチキンにかぶりついていた。

2つのチキンとポテトとコーラ。

チャーは無言無心で食べ続けフードファイターみたい。

身という身を綺麗に食べて満足そうにコーラで流し込んでいく。

嬉しそうなチャーの笑顔も今でも覚えてる。

食べ終わり帰り際チャーは私と手を繋いできた。

一回も喋ったことないけどもう友達だ。

孤児院に戻るとオーナーが心配そうに駆けつけてきた。

 

「どうだった?チャーは大丈夫だったか?」

 

「大丈夫でした。あと帰りにケンタッキー寄りました。チャーめちゃくちゃ嬉しそうにたべてました。」

 

「そうか。ありがとうKIKI。無事で何よりだよ。」

 

「これケンタッキーでチャーが食べたレシートです。もしチャーが全盲になってケンタッキーに行ったら同じメニュー選んであげてください。」

 

オーナーは笑って頷いてくれた。

チャーはロビーに走っていき紙とペンを持って戻ってきた。

チャーは鉛筆でノートに英語を書き始めた。

 

“I Love KFC”

 

そこは”Thank You” だろw

 

私とチャーのアンコールワットの旅は終わった。

 

ろう者(生まれた時から耳が聞こえない人)で全盲。

チャーはこれからどんな人生を生きていくのだろう。

自分の意思も伝えるのも相手の気持ちを感じ取るのもきっと困難になる。

きっと色んな弊害が出てくる。

でもそこが本当に無音の暗闇なのかはわからない。

本当は彼らには私たちが見えない何かが見えていて、

聞こえていない何かが聞こえているかもしれないし。

 

きっと貧困も障害もヘルプが必要です。

考えて変わるのは自分の心の中であって相手ではありません。

もしあなたがリアリティーのある現実にぶつかって、

自分の良心や正義感と葛藤するなら、

それはあなたが何かしらヘルプしてあげたい。

と思っているからだと思います。

全然平等じゃなくていいと思います。

たまたま出会った要ヘルプな人に、

小さいラッキーを皆が落とせばいいと私は思います。

自分にできる事をできる範囲でやればいいだけです。

小さくてもラッキーがそこらじゅうに落ちていたら、

希望を持てる人もいるかもしれないし、

実際生き延びる事ができるかもしれないです。

自分自身もそんな世の中の方が好きになれそうな気がします。

 

考えた結果何もやらないのが一番何の為にもならないです。

 

最後に。

 

神様もしいるのなら一つお願いです。

 

チャーの味覚は奪わないでください。

 

 

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