第十七話「ベルリンの拾う神ダニエル」-特別編前編-
9th Sep 2020 by KIKI
こいつは神なのか。
拾う神に私はベルリンで出会った。
後編 -完-
「ダニエルマジありがとう。俺明日から働くからちょっと待ってて。」
「金はいつでもいいよ。お前が返せる時でいい。でももしまた捕まっても俺に連絡しろよ。」
チルしながら3人で会話をしていると背の高い白人男2人が近づいてきた。
「いい匂いするじゃん。ちょっと俺らにも吸わせてよ。」
このなんでもない会話が最悪の事件に発展する。
ベルリンの本当の悪夢はまだ始まったばかりだった。
釈放当日に私はまたどん底に突き落とされる。
この続きは17話あたりで書きます。
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※今回は7、8話「ベルリンの拾う神ダニエル」の続きです。
高身長、割と体格の良い白人男2人組。
一言目から明らかなイギリス訛りの英語が耳に付いた。
話を聞けばこの同じユースホステルに滞在しているらしく、
私を含めダニエルもオリバーもほとんど酩酊状態だった為か、
何を疑うわけでもなく突如現れた2人組の白人を迎え入れた。
輪を左回りでダニエルが量産する極太のJが次から次へと回る。
私は朦朧とする意識の中どうでもいい会話を続けた。
「君たちどこから来たの?」
「俺たちはロンドンから一昨日きたんだ。明日帰るけどね。君は?日本人でしょ?今日から?」
「そう日本人。実は俺はもうこのユースホステルには大分長いこと滞在している。色々あって今日もどってきたんだけど。。」
「そうなんだ。一回も見たことがないから今日来たのかと思った。」
「まあ色々あって。。ははは。。。」
当たり障りのない社交辞令のようなどうでもいい会話が数分続き、
やがて急に現れた2人組の白人は颯爽と部屋に戻っていった。
私とダニエル、そしてオリバーも、もう意識の限界ギリギリだった。
楽しい夜が終わって欲しくなくてフラフラで続けるビリヤード。
最後に3人で腕をクロスさせ、限界を超えた肝臓にイエガーを流し込んだ。
ダニエルは散々散らかったバーのグラスを洗い、
オリバーはもうすでにラウンジで寝ていた。
私はダニエルに挨拶をして、
今にもぶっ倒れそうな身体を引きずるように自分の部屋まで戻った。
このユースホステルにはエレベーターは無く、
HPほぼ0の私にとっては登る階段一段一が重く、とてつもなく長く感じた。
3階の角にある自分の部屋まで。
もう少し。
あと少し。
2階まで階段をようやく登りきった時、
そこには妙な空気感が漂っていた。
目線の先に結構な数の少年少女がトイレの前で何か物議を醸し出している。
なんかあったのか?
高校生?いや中学生くらいだろうか。
見るからにかなり幼い子もいれば、身体はもう大人。
だけどどこか垢抜けない青春ど真ん中の少年少女達が目に映った。
意識が朦朧とする中そんな様子を黙って階段から見ていると、
群衆の中にいた一人の少女が私に歩み寄って来た。
「あなたが犯人でしょ?!」
は?意味不明だった。
「は?何の?何言ってんだ?」
「こっち来て見なさいよ!」
少女に強引に手をひかれトイレの前まで連れて行かれた。
そこには昭和のコントみたいな光景があった。
さっきの二人組の白人が便器に向かって嘔吐している。
隣同士の便所の扉は全開で、
見えるのは便器に向かう二人のケツだけが同じ角度で並んでいる様。
「あの子達に変なものやらせたでしょ?!ロングヘアーのアジア人にやらされたって言ってたわよ!あなた以外アジア人いないじゃない。違うの?」
メガネをかけたポニーテールの少女が腰に手を当ていきり立っていた。
あいつらは確実にさっきの二人組だが、
まず状況が理解できなかった。
この少女らとあいつらは知り合いなのか?
とりあえずシラを切ることにした。
「知らねーよ。誰だこいつら。意味わかんねーこと言ってんじゃねーよ。」
「本当に?あの子達がそう言ってたわよ。私のクラスメイトなの。先生が戻ってきたらこのこと報告するから。」
「は?クラスメイト?先生?つーかお前らいくつだよ?」
「15歳。修学旅行でロンドンから来ているの。今先生達外出しているけどもう少しで帰ってくるから報告するから!」
15歳?中学生?
あいつらが?老けすぎだろ。
だけどこれは結構ヤバイことになるかも…
その瞬間一気に込み上げてきたマジでヤバイ感。
さっきまでの目蓋を閉じていた心地よい離脱感の前でクラップ音が鳴る。
そして脱皮したシラフは慌てて皮を脱ぎ捨て現実の前で正座した。
嘘みたいに軽くなった身体で一階のバーに戻り、
ダニエルの元へ向かった。
「ダニエル、マジヤバイかも。さっき途中で話しかけてきた奴ら中学生だった。しかも今あいつら2階のトイレでゲボ吐いてて、クラスメイト集合しちゃってる。担任が戻ってきたら面倒なことになるかも。あいつらロングヘアーのアジア人が犯人だみたいなこと言ってるらしいし。」
「マジかよ。とりあえずお前一回酔覚ましがてら1−2時間散歩してこい。どうなるか様子見たほうがいいだろ。」
すぐにユースホステルを出て、
近くの住宅地を彷徨う様にグルグルと周った。
たまに深呼吸をしてみたり、急にベンチに座ってみたり、
それでも心臓の鼓動はどんどん早くなっていった。
極寒のベルリンの夜になぜかデリでキンキンの水を買い、
ブルブル震えながら公園のベンチに座った。
なんで嫌なことだけはこうもうまく続くのか。
ついさっき留置所から釈放されたばかりなのに。
もうこれは呪われてるレベルだ。
一体何を学ばせたいのか。
追い詰められる時はいつも気持ちが拡大的になり、
振り返れば大袈裟に見えることでも、
その瞬間はむしろもっと大きく見えるものだった。
そしていつも最終的に開き直る。
ここにどれだけ居ても結果は変わるものじゃない。
腹を括りユースホステルに戻ることにした。
アーチのかかったレンガ造りの入口の石畳の地面に、
街灯がスポットライトの様にやかましく当たる。
その先を右に曲がればユースホステルだ。
懸命に恐怖心を抑えて右へ曲がった。
まわる赤灯が私の顔を舐めるように照らす。
パトカー3台、警官6人。野次馬30人くらい。
ユースホステルの前は大事件になっていた。
The End.
Back to prisonだ。
-前編- 完