第十九話「Work with right people by RAEKWON」

23rd Sep 2020 by

 

 

 

ニュージャージー州、ホーボーケン。

マンハッタンから長いトンネルを抜けて州を跨げば目と鼻の先。

そこに彼のスタジオはあった。

 

 

Wu-Tang-Clanの”RAEKWON”。

 

ヒップホップに興味がある人間なら、

ほとんどの人が彼を知っているのではないだろうか。

90年代からイーストコーストのヒップホップシーンを引っ張ってきた、

伝説的なヒップホップグループ、

Wu-Tang-Clanの一員。

彼らの経歴などはググれば一発で出てくるので、

知らない人は是非調べて見てください。

4年前の冬、そんな彼のスタジオに急遽呼ばれ、

当時の同僚のテディーとスタジオに行った時の話を今回は書いてみます。

 

 

当時はまだPRIVILEGEがアメリカではオンラインのみでの展開で、

私とテディーはブルックリンのグリーンポイントにある事務所で仕事をしていた。

今となってはいい思い出だが、テディーとは何十回喧嘩したかわからない。

日本人の感覚でアメリカ人と一緒に仕事をするのは、

正直かなり難しいものだと学んだ期間でもあった。

何故なら互いにとっての”普通”という観念が全くの別物だったからだ。

例えを挙げるならば、まず”時間”に対しての価値観が全く違う。

私はこれを勝手ながらヒップホップタイムと呼んでいるのだが、

待ち合わせ時間にはまず来ない。

少なくとも2時間は多めに見積もった方がいい。

そして遅れてきたことに罪悪感はなくむしろ笑顔でやってくる。

仮にとんでもない遅刻をしても、

 

「ういーっす!おはよー!どんな感じー?」

 

ぐらいの感じだ。

日本人的な感覚からすれば、

 

は?なめてんの?

まず言うことあるだろ?

 

ってな具合だろう。

むしろクビと言われても仕方ない。

だが彼らにとっては大したことではないのだ。

むしろそれぐらいでなんでそんなに怒っているんだ?

 

まあ落ち着けよ。

 

ぐらいのテンションで言われるからさらに腹が立つ。

これは後で教えてもらったことだが、

ニューヨーカーの“今向かっている“は、来ないという意味らしい。

 

なんだよそれ。

 

だったら最初から行けないって言えよって思った。

もちろん今でもいろんな曲面で多々同じ様なことは思うが、

 

もう慣れた。とういか、正直諦めている。

 

そんなことに一々怒っていたら、こっちが疲れるだけだった。

一つの例として挙げたこの感覚の違いだけでも明白だが、

私はテディーと仕事をしたことで、

アメリカ人を少しだが理解できたと思う。

もちろん皆が皆という訳ではなく、傾向としてだけど。

同時に日本人は少し細かすぎるのかもと思う瞬間もあった。

これは人種が違うからこそ受け入れやすいのかもしれないが、

どちらが正しいとかではなく、

価値観の全く違う人間と働くことは、

自分次第では心の面積を広げるいい機会になるとも今は思う。

その土地どちにとっての”普通“があるので、

染まる必要はないけど、理解はするべきだと今は思えます。

 

あくまで今は。ですが。

 

一つ一つアメリカ人の感覚を理解しながら、

私はテディーと2人、ブルックリンの片隅で毎日喜怒哀楽を共にしていた。

いつも通り各自の仕事をしてしていたある日の夕方、

普段あまり鳴らないテディーの携帯が鳴った。

どうやら誰かからテキストが来たらしく、

テディーはじっと携帯を見つめていた。

そしてテディーは机に肘を置き、頭を抱えながら私にこう言った。

 

「KIKI、RAEKWONが俺たちをスタジオに呼んでいる…」

 

え?

急すぎて何を言っているのか理解できなかった。

 

「RAEKWONって、あのRAEKWON?Wu-Tangの?」

 

「そうだ…しかも今から来いって言っている…」

 

「マジで?!やべーじゃん!でも何で?!」

 

「Lafatyetteのとのコラボの案件について話したいらしい」

 

「コラボ!?マジかよ。早く行こーぜ!」

 

「ちょっと待ってくれ…心の準備が必要だ。」

 

テディーはその場で急に立ち上がり深呼吸を始め、

謎にピョンピョンとジャンプし始めて、

その流れで意味不明に腕立て伏せを始めた。

 

何やってんだ?こいつは。と思ったが、

 

よっぽど気が動転していたのだろう。

多分アメリカ人にとってのRAEKWONは、

日本人の私にとってのRAEKWONとは比にならなほどの大物だったのだ。

私からすればこの上ない興奮しかなく、

今すぐ出発したいという気持ちしかなかった。

緊張なんて通り越してアドレナリンが出まくっていた。

一方テディーは片手を腰に当て爪を噛みながら、

独り言をブツブツと言っていた。

 

「よし、KIKI出発だ。準備はいいか?」

 

「いやお前がなwいつでもいいよ。」

 

テディーのワーゲンのセダンに乗り込み、

私たちはRAEKWONのスタジオがあるホーボーケンへ向かった。

事務所のあるブルックリンのグリーンポイントから約1時間強。

帰宅ラッシュの中渋滞をかき分け、テディーは車をぶっ飛ばした。

車内でも落ち着いのないテディー。

信号待ち事に頭を抱え、緊張がひしひしと伝わってくる。

 

「テディー大丈夫だって。いつも通り話せばいいだけだろ。ヘネシーでも買っていくか?」

 

「そうしよう!手土産が必要だ。あぶねー。KIKIいいとこに気づいたな。」

 

「じゃあホーボーケンの適当なリカーショップでヘネシー買って行こうぜ。」

 

「そうだな。それと話し始めが重要だから、今から練習しておこう。」

 

「は?何の練習だよ?」

 

「KIKI、RAEKWONの役をやってくれないか?」

 

「はw?俺も会ったこと無いのに真似しろってことw?」

 

「そうだ。俺が話かけるから自分がRAEKWONだと思って返してくれ。」

 

「何だよそれwまあいいや、それでお前の緊張が解れるならやるよ。」

 

「どうもこんちわ。レイ。元気ですか…?いや、レイは砕けすぎか?こんにちわレイクウォンさん。いや、さんは変か。」

 

何言ってんだこいつわw

もう笑いが止まらなかった。

 

「もういいよw!練習なんてしなくて大丈夫だって。同じ人間だろw」

 

「お前は何でそんな余裕なんだ!?」

 

「全然余裕じゃねーよ!でも元々格が全く違うんだから今更かっこつけてもしかたがねーだろ!大物すぎて逆に緊張しねーよ。」

 

「そうだな。同じ目線で話す必要なんてないよな。大丈夫だ。大丈夫。大丈夫…」

 

こんなどうしようもないやりとりをしているうちに、

いつの間にかトンネルを抜けてホーボーケンに到着した。

ナビが示す目的地はもうすぐそこだった。

高架下の駐車スペースに車を停め、

近くのリカーショップでヘネシーを買った。

 

「よし、これで準備万端だな。テディー、RAEKWONに着いたって電話してよ」

 

「ちょっと待て、その前に腹ごしらえだ。ピザを食わせてくれ。」

 

何で今ピザ食うんだよ。

テディーはリカーショップの数件隣のピザ屋でスライスを買い、

緊張を共に流し込むかの様に一瞬でピザを食っていた。

 

「よし、KIKI行くか。準備はいいか?」

 

「だから、お前がなw」

 

指定された場所へたどり着くとそこは馬鹿でかい倉庫の様な場所だった。

本当にこんなところにスタジオがあるのだろうか。

人の気配もなく、殺風景な工場が密集した様な地域。

テディーは電話をし、着いたことを先方に伝えた。

それから数分後、サングラスをかけた2メートル近い黒人の大男が入り口から出てきた。

 

「テディーか?」

 

「はい、そうです。」

 

「入れ。」

 

ヤベェ。何だこのイカつい大男は。

まるでギャング映画のワンシーンかの様な緊迫感がそこにはあった。

そして入り口を抜けると外観からは見当もつかない光景が広がっていた。

スーパーハイテクの音楽スタジオがアリの巣の様に何個も枝分かれ、

何十名もの多ジャンルのアーティスト達がレコーディングをしている。

通り過ぎる壁にはゴールド、プラチナレコードの功績が飾られ、

今まで足を踏み入れたことのない世界があった。

 

一目瞭然の一流達が集う場所。

 

数々のレコーディングスタジオを抜けて、さらに地下へ下り、

突き当たりにある真っ赤なドアを大男が開けた。

これもまた見たことのない規模のレコーディング機材が導入されたスタジオ。

そこには役7名ほどの黒人達が立っていて、

中央の椅子には明らかなオーラを放つ男が座っていた。

 

RAKWONだ。

 

「お前がテディーか?」

 

「そうです、はじめまして。招待感謝します。」

 

テディーに続いてすかさず挨拶した。

 

「はじめして、KIKIです。」

 

「よく来たな。まあ座ってくれ。」

 

持ってきたヘネシーを渡し、RAEKWONは上機嫌だった。

葉巻をくわえて、早速ヘネシーを開けグラスに注ぐ。

もうカッコ良すぎて私は顔がにやけてしまった。

テディーは股間の前で右手の手首を左手で掴み、

まるでボスの話を聞く子分の様だった。

RAEKWONはコラボをする上での自分の条件をテディーに伝え始めた。

その内容は金額含め明確にはここでは書けないが壮大なものだった。

彼が放つ言葉には世界で脚光を浴びた、

スターにしか感じられない次元の話にも聞こえた。

 

その中に私の中で今でも忘れることのできない一文がある。

 

「俺はブランドの規模やネームバリューで仕事は決めない。もちろん金額でもだ。一緒にビジネスをする上で一番大切なのは”work with right people”(正しい人間と仕事をすること)だ。わかるか?お前らもこれから色んな人間とビジネスをする上でこれだけは覚えておけ。」

 

世界中で売れた彼は恐らく何度も騙され、裏切りもいくつも超えてきたのだろう。

次元の違う経験値から放たれる彼の言葉にはヘビー級の重みがあった。

それから彼は私とテディーをスタジオの隅から隅まで案内してくれ、

最後に3人で一緒にヘネシーを乾杯した。

 

私にとって一生忘れることのない盃の記憶だ。

 

後日、彼は私達のブルックリンの事務所にも足を運んでくれ、

再度企画の話を進めたが、

結果としては残念ながら色々あってこの企画は流れてしまった。

企画自体が流れてしまったことは残念なことだったが、

私個人としてはあの場所で聞けた彼の肉声の重みは今でも自分の中にある。

 

“work with right people“

 

この言葉を今でも新しいことを誰かと始める時にいつも思い出す。

本で読んだことやYouTubeで見たことはすぐ忘れけど、

自分の足で掴んだ経験は中々忘れないものです。

 

今ではSNSの普及で、

世界がより身近に感じる錯覚的な瞬間が多々ある。

会ったこともない知り合いがオンライン上にいたり、

その場所にいなくてもどんな場所なのか見ることも容易で、

その反面、生で触れ合うことの大切さや、

その場所にいないと感じられない事の重要性も薄くなってきている。

携帯一つあれば仕事になってしまう今の時代。

どんどん人間が機械になっていく気がする。

 

出発前の空港の匂いも、

機内の興奮と不安の重なりも、

触れて感じる人の体温も、

行って吸い込む土地の空気も、

異国で受け取る愛情も、

成長に欠かせない栄養素だ。

 

画面では見えないオーガニックなセンスは、

これからどれだけ文明が発展しても人間には必要な物だと思います。

今の効率的でバーチャルな世界でこそ、

便利さを捨ててリアリティーを自分の手で摘むべきだと思う。

 

そこにあなたの人間性が宿るはずだから。

 

SNSは暇つぶし。

インスタ映えとかファックでいいです。

 

経験こそ本当の財産。

加工なしのノンフィルターな経験は、

作り出されたエンターテイメントより、

よっぽど素敵だと私は思います。

 

若者は迷わず世界へ飛んでください。

感受性が豊かなうちに。

 

大丈夫。

 

絶対どうにかなるから。

 

You should trust yourself.

 

 

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