第十八話「ベルリンの拾う神ダニエル」-特別編後編-
16th Sep 2020 by KIKI
ユースホステルに戻った私はパニックのど真ん中にいた。
心臓の鼓動は異常なスピードで脈を打ち、
足の力が全く入らない。
ある意味めちゃくちゃ軽い足を極度のパニック状態の中強引に前に進めた。
近づけば近づくほどに緊張がブチ切れそうで、
今すぐにでもその場からいなくなりたい。
そんな気持ちだった。
ただ散歩して帰ってきた観光客を装い、
何事もなくロビーを抜けようとした時、
さっきトイレの前で私に問い詰めてきた少女が私を指差した。
「あの人よ!あの人が犯人!長髪のアジア人だって言ってたもん!」
その場にいた警察官も担任らしき男女も一斉に私の方を見ていた。
あの時の視線は絶対に忘れない。
何十ものカラフルな瞳が同時に弾かれた矢のように、
私の2つの黒い瞳を刺した。
すぐさまゴツい体格の警察官2人が、
私のところに歩み寄り英語で話しかけてきた。
「あの少女が言っていることは本当ですか?」
確証がないからなのか、意外と丁寧に話しかけてきた。
ただそんな事はどうでもいい。
とにかくあの場にいたダニエル、オリバー、自分を含め、
誰一人こんなことに巻き込むわけにはいかなかった。
完全にシラを切る方向で腹を括った。
「いや何を言っているのか意味がわかりません。今散歩から戻ってきたので。何かあったんですか?」
数秒何も言わずじっと私の目を見る警察官。
「そうですか。今ちょっとこのユースホステルである事件がありまして、その犯人があなただという意見があるんです。」
「いやだから何の事件ですか?全く意味がわかりません。あの少女が勝手に言ってるだけですよ。それとも人種差別ですか?何か私が犯人だという証拠があって言っているんですか?」
また黙ってじっと私を見つめる警察官。
私と警官が話すのを野次馬も担任達もずーっと見ていた。
警察官は何も言わずパトカーに戻り他の警察官達と何やら話だした。
その間にもクラスメイト達からは野次が飛んできた。
「おまえだろ!嘘つくな!」
「絶対あの中国人よ!」
中学生。
これくらいの奴らが一番厄介だ。
変に色んな知識もあって、
社会的には子供として扱われる為守られている。
その立場を本人達も自覚があり、
やたらと馬鹿にしてきたり、
茶化すされることは今まで色んな国で幾度もあった。
数分何かを話して警官がゆっくりと私の元へ戻ってきた。
警官は片手に紙コップを持っていた。
「何の事件かは今の段階では言えないのだが、尿検査に協力してもらえないかな?これで陰性だったらあなたは犯人ではなくなるから。何よりそれが証拠になるはずだから。」
かなりマズイ状況だった。
仮に陽性反応が出たら一気に状況が悪くなる。
いやむしろ検査したらほぼ陽性確定だ。
向こうから歩み寄ってきたとか、
その場には何人もいたとか関係なく、
事実はついさっきの話なのだから。
思い切って断ることにした。
「いやです。断ります。何で尿検査なんて俺がやらなきゃいけないんだ。強制事項ですか?任意でしょ?日本大使館に言いますよ。」
今考えれば意味がわからないが、
とりあえず自分の後ろ盾は日本大使館しか出てこずとっさに出てきた言葉だった。
「もちろん任意です。ただ少女達からの証言とあなたの人相がかなり近いので、もし今断るのであれば警察署まできてもらって、裁判所から尿検査の許可をとります。それからでもいいですよ。」
だろうな。
そんな簡単に、はいそうですか。
任意なんで諦めます。とはならない。
薄々はわかっていたものの、もう策もない。
何かのミスで陰性。
この奇跡にかけるしかなかった。
「わかったわかった。出すよ。でもこれで陰性だったらもう俺に構うなよ。」
この時にはもう諦めが入っていた。
仕方がなく紙コップを受け取り、
そのままトイレに向かった。
今日の昼までネオナチとの喧嘩で4日間留置されていた私にとって最悪の状況。
何でこんなにバッドが続くんだ。
マジでベルリンが嫌いになりそうだ。
これで陽性だったら次はもうジェールか。
何年とかはいんのかな?
そもそも何て罪なんだ。
この国では貧乏くじばっかりだ。
諦めた気持ちでトイレのドアを開け、
ズボンを下ろし尿を出した。
その時モップを持ったダニエルがトイレに入ってきた。
今振り返れば警察も杜撰なのだが、トイレまではついてこなかったのだ。
「KIKIコップの半分に水入れろ。」
ダニエルは清掃しに来た従業員を装い私に助言しに来たのだ。
その手があった。
完全に諦めモードだった私にとって神の一言かの様に思えた。
私はダニエルに言われるがままに、紙コップに水を入れ自分の尿と混ぜた。
「これで陽性でもお前とオリバーのことは絶対に言わないから安心してくれ。」
「大丈夫だ。また捕まっても俺がなんとかしてやるから。」
ダニエルは本当にいい奴だ。
高々知り合ってまだ1ヶ月ぐらいの私を親友かの様に扱ってくれ、
本当に辛い時に救いの手を差し伸べてくれる。
共にした時間の長さなんて関係ない。
本当の友達っていうのはこういう奴の事だとこの時私は実感した。
尿と水を混ぜた紙コップを片手に警察官の元へ戻りそれを渡した。
警察官は紙コップにスポイトを突っ込み適量を採取し、
謎のリトマス紙の様な紙に数滴たらし、
もう一人の警官は別の検査キットの様なものに数滴たらした。
「結果はすぐに出るので少し待っていてください。」
この状況で出来ることは全てやった。
あとは検査結果を待つだけ。
人事を尽くし天命を待つ。
言葉の意味と状況はおかしな感じだったけど、
まさにそんな気持ちだった。
数分もしないうちに警察官が近づいてきた。
ドキドキが止まらない。
「結果から言うと陰性反応です。すみませんご協力ありがとうございました。もう部屋に戻ってもらって構いません。」
心の中で深いため息が漏れた。
全てダニエルのおかげだ。
私は平然を装いさっさと部屋へと戻った。
部屋に戻るとすぐにノックの音がした。
ドアを開けると笑いながらダニエルが立っていた。
「な?大丈夫だったろw?」
思わずダニエルにハグしてしまった。
「お前は神だ。マジで俺の救世主だよ。もう終わったと思っていたから。」
「さっきフロントで調べたらあの修学旅行生達、明日帰るみたいだから今日は俺の家泊まれよ。また会うの気まずいだろw?」
「間違いないよw一生顔も見たくないwつーかあいつら老けすぎだろw」
そしてユースホステルの裏口から外に抜けダニエルと落ち合い、
その日はダニエルの家に泊まることにした。
ダニエルの家に向かう間、
いつものくだらない会話がいつもの何倍も笑えた。
友達とか仲間とかありふれた言葉で、
歳を重ねるほどそんな言葉自体も小っ恥ずかしくなったり。
結婚をして、子供が生まれたら尚のことかもしれません。
友達と過ごす時間が極端に減ると思います。
そしてそれはものすごく自然なことだとも思います。
だから今の若い子には大人になる前に少し考えてみて欲しいんです。
毎晩一緒に酒を飲むのが友達なのか。
夜遅くまで一緒に連むのが仲間なのか。
私は違うと思います。
本当の友達や仲間は、
あなたを本気で応援してくれて、
あなたを本気で叱ってくれて、
あなたがどれだけ狂ったとしても側にいてくれて、
あなたが本当に辛い時に手を差し伸べてくれる人のことを言うと思います。
だから友達100人なんてできないんです。
そんな人間が周りに1人でもいるのなら物凄い幸せなことだと思います。
薄っぺらな100人の知り合いより、
1人の本当の友達を見つけるべきだと私は思います。
自分の家族、会社、部下、何でも。
責任を背負った時きっと少しこの意味がわかってもらえると思っています。
大人になってそこに気づいた時には、そんな人を見つけるのはとても難しいから。
クソ寒いベルリンの雪が散らつく夜道、
私は本当の友達の意味をダニエルに教えてもらいました。
後編 完