第十四話「キングストンのギャングスターのび太」-後編-

19th Aug 2020 by

 

 

 

目の奥で合う目と目。

 

掴み取られた視線と極度の恐怖にパニックを超えて凍りついていた。

車内の沈黙は永遠かと思うどに長くて、

出てくる言葉も無いというか、

頭の中が真っ白とはまさにこの事だ。

密室の緊迫した空気感。

のび太の低いが芯のある声が沈黙をビリビリとゆっくり破った。

 

「どうするんだ?俺は本気だぞ。金出さなきゃお前をここで殺す。」

 

物事はなかなか映画のように上手くはいかないものだが、

一瞬一瞬を切り取れば映画のワンシーンのような状況は度々あるものだ。

この売れないギャングスター映画のワンシーンのような状況は、

当人になった時、人生最悪の状況だった。

どうするかなんて全く考えもなかったが、

とにかく死だけは回避しないといけない。

のび太にヒートアップされるのが一番まずい。

そう思った。

 

「ホテルに帰ろう。ホテルに金あるから、、」

 

勝手に出てきた言葉だった。

のび太は何も言わずにすぐに車を走らせホテルへ向かった。

車内にはエンジン音とタイヤが地面を蹴る音だけが響き、

窓の外からは至るところからレゲエが爆音で流れていた。

 

生まれて初めてのジャマイカ。

 

黒人怖すぎ。

 

マジ来なきゃ良かった。

 

今からどこかに連れて行かれて殺されるのか。

ネガティブな想像力だけが真面目に働く。

マイアミといい、ジャマイカといい、本当に最悪だ。

何もしていないのに痛い目にばかり会う。

やっぱり弱いものは食われるのか。。

出発してから今までずっとダサい自分に気が滅入っていった。

ビビって積極的に言葉も話さず、

金を出せといわれたら金を出す。

 

一体何しに来たんだ。

 

 

 

 

ホテルに着き、部屋まで金を取ってくるとのび太に伝えた。

駐車場からプールサイドを通って部屋まで向かうまでの間、

解放されたからなのかなぜか急に気持ちが落ち着いてきた。

心地良いジャマイカの夜の気候に少し気持ちが柔らかくなり、

そして妙な反骨精神が芽生え始めた。

 

このままバックれよう。

 

24時間セキュリティーがいるからホテルには入れないし部屋も知らない。

朝になるまで駐車場にいたら怪しまれるだろうし、

あいつだって家に帰りたいはずだった。

そんな安易な考えからのび太をこのままシカトしてバックれることにした。

 

私は部屋に戻り鍵を二重で鍵をかけベッドにダイブ。

だが全く落ち着かない。

部屋に戻り15分ぐらい経った頃。

そろそろのび太が異変に気づく頃だろうか。

ドアを開けて外の音を聞くのも怖かった。

それに時計の秒針の音がずっと気になる。

まるで走る時限爆弾の導線を見ているかのような感覚だった。

電気を消してiPodで爆音で音楽を聴いてみたり、

いつもより長めにシャワーに入ってみたり。

 

それでも全く眠れなかった。

 

それから何の異変もないまま時間は過ぎていき朝日が出てきた。

まだのび太はいるのか。

気になって仕方がなかったが、

確認する勇気もなくただひたすらに時間が過ぎていくのを待った。

そして気が付いた時にはベッドで眠っていた。

 

目が覚めたのはもう昼過ぎ。

灼熱のジャマイカの真昼間。

さすがにもういないだろうと思い、

恐る恐る部屋を出てプールサイドに向かい駐車場を覗いた。

 

そこにはのび太の車があった。

 

胸が急にドキドキし始めて思わず日本語で独り言を口にしてしまう。

 

「嘘だろ。まだいんの?」

 

慌てて部屋に戻った。

弾むように胸の鼓動は大きく早く波を打ち、

ただただ部屋を右往左往歩き回っていた。

 

どうしよう。

 

もう一回確認しに行ってのび太に見つかったらまずい。

とにかく今日は部屋にステイだ。

もうこの時には完全に後悔しかなく、

昨日バックれようとした自分を責め始めた。

何で昨日大人しく200ドル払っておかなかったんだ。

こうなる可能性なんて大いにあったのに。

大体のことは逃げれば逃げるほど状況は悪化するものだ。

バックれた結果、恐怖感は倍以上のものになっていた。

同時に昨日の自分を責めることで保とうとした心のバランスは、

整うわけもなく言い訳だけが胸に積もっていった。

 

自分が撒いた種から恐怖で部屋から出られなくなってしまった。

プールサイドやロビーにすらいけない。

もうこの時の恐怖感は当初の何倍にも膨れ上がり、

次あったら間違いなく刺されると思っていた。

 

もう部屋から出られない。

どうやって飯を食おう。。

 

空腹さえ凌げれば部屋から出る必要はない。

すぐに今持っている食料を確認した。

日本から持ってきていた非常食のクラッカーが3箱と、

飛行機でもらった小袋のスナック菓子が1袋、

それと昨日運よく買いだめしておいた2リットルの水が4本。

 

多分いけて1週間。

 

今考えれば2、3日後にはもういないだろうと思えるが、

この時はもうパニックのど真ん中。

自己防衛本能なのか、起こり得る事態の最低ラインを見越して行動していた。

マイアミでの奇襲はあっという間の出来事過ぎて考える時間さえなかった。

だがこの時の生殺しの時間は一番辛い時間だったかもしれない。

いつ殺されるかわからない。

それぐらいその時の状況を拡大的に解釈していたから。

 

そしてその日は一日中部屋に閉じこもり次の日の朝まで一歩も外に出なかった。

頼むから明日はもういなくなっていてくれ。

 

そして翌朝、半分の期待を片手にもう一度確認しにいくことにした。

プールサイドからの死角を探して、駐車場を覗き込む。

 

まだあった。

 

しかも駐車場所が変わっている。

確実に通っている。。

もう見つけるまで追い込む気だ。

 

ここから本格的な隔離生活が始まった。

こうなったら逃げ切るしかない。

もう我慢対決だった。

何を言っているのか全くわからないが気晴らしにテレビをつけ、

ベッドの上で細かく砕いたクラッカーを少しずつ食べる。

多分iPodに入っていた1000曲ぐらいの曲はほぼ全曲聴いたんじゃないだろうか。

完全隔離の毎日同じルーティーンの生活。

もちろん毎朝駐車場に確認しにいく。

 

毎日のび太はいる。

 

そしてそんな日々はそれから5日間続いた。

クラッカーと水だけの生活もそろそろ限界だった。

こけていくのが自分でもわかるくらい軽く衰弱していた。

 

でも毎日いるのび太。

 

あのナイフを持って直視してきた目がフラッシュバックする。

もうそろそろ限界だった。

クーラーのきいたカーテンのしまったホテルの一室。

時々窓を開けて入ってくる空気だけがジャマイカだった。

 

ホテルに来てから6日目の夜。

水が底をつき、ついに買いに行かなくてはいけなくなった。

5日ぶりの夜の外出。

緊張しながらロビーの隣のバーに水を調達しにいく事にした。

 

のび太がいませんように。

 

バーに行くと驚くべき光景が目の前にあった。

なんと日本人女性が4人ソファーに座っていた。

20代前半くらいだろうか。

自分よりは年上に見えた。

自分のテンションとは真逆のハイテンションな彼女達。

なんと言っても久しぶりの日本語が心地よかった。

でもとりあえず水だ。

この間のバーテンにまた水を4本頼んだ。

前回同様20ドル払い、水を袋に入れてもらっていた時、

突然一人の女性が英語でそのバーテンに怒り始めた。

さっき見た日本人女性の一人だった。

 

「あなた今この子から20ドル取ったでしょ?それ一本2ドルじゃない。この子にお金返しなさいよ!」

バーテンは彼女を宥めるように金を返し、彼女は私にそれを渡した。

 

「君日本人だよね?一人?ていうか具合悪いの?」

 

よっぽどやつれていたのだろう。

彼女は心配した面持ちで私に話しかけてきた。

 

「日本人です。体調は悪くないんですが腹はめちゃくちゃ減ってます。。てかありがとうございました。前も一本5ドルで買ってました。」

 

「英語話せないからってぼったくってるの見るとムカつくんだよね。一人でしょ?一緒に飲もうよ。食べ物もあるから。」

 

彼女の名前はミキちゃん。

カナダに住んでいて、日本の友達と旅行で来ていたらしい。

英語ベラベラで気の強いショートカットの女性だった。

他のなっちゃんも、桃ちゃんも、えりちゃんも皆いい人で、

久々の日本人との会話は安堵感が半端じゃなかった。

会話の流れで出発から今に至るまでの経緯を、

マイアミの事ものび太のことも皆に全て話した。

するとミキちゃんが急に立ち上がりさっきのバーテンに話しかけ始めた。

そして戻ってくるなり衝撃的なことを伝えられる。

 

「そののび太ってドライバーここ専属のドライバーだから毎日いるらしいよ。だから絶対純ちゃんここにステイしてる限りいつか会うよ。しかもギャングメンバーらしいw私ついて行ってあげるから話した方がいいと思う。男なんだから逃げるな。」

 

ミキちゃんの言葉は大分刺さった。

しかもめちゃくちゃかっこよく見えた。

今思えば彼女が英語を話せるようになりたいと心底思ったきっかけかもしれない。

言葉が話せれば世界が変わる気さえした。

目的も無くなんとなく勉強してきた英語なんてまるで役に立たなかった。

言葉に限らず目的が見えて初めて頑張れるのかもしれない。

 

ミキちゃんとバーを出て、駐車場に向かった。

セキュリティーと立ち話をしているのび太。

私を見つけるなりすごい剣幕で私を見ている。

ミキちゃんは堂々とした態度でのび太に話かけ、

何を言っていたのか理解できなかったけど、

3分ぐらいであっという間にかたがついた。

途中のび太はキレてたけど、

ミキちゃんの切れ返しにあえなく納得しているような面持ちだった。

 

「純ちゃんこいつに30ドルだけ払って。クラブまでの往復のタクシー代。それでもうこのは話は終わり。これ以上何かしてきたら恐喝したこと警察に言うって言ったから多分大丈夫。ほら話してよかったでしょ。伝えないから舐められるんだよ。ノーはノーって言わなきゃダメ。」

 

もう自分がダサ過ぎてゲボ吐きそうなくらいだった。

そしてまた謎に涙が溢れてきてしまった。

出発から今までの何もかもが悔しくて泣いてばかりだ。

泣いてる私をみてミキちゃんは笑っていた。

スーパー頼りになるおねーちゃんでしかなかった。

 

「今日皆でクラブ行こうよ!」

 

バーに戻るなりなっちゃんが誘ってきた。

ジャマイカについて約1週間。

初日の夜を除いてはホテルから一歩も出ていない私は、

少しナーバスな気持ちもあったが、

誘いを受けることにした。

皆一度部屋に戻り着替えてバーに集合した。

 

ミキちゃんを先頭に駐車場に向かいタクシーを探す。

2人のドライバーが待機しているのが見えた。

 

もちろんそのうちの1人は….

 

「エリックーーー!」

 

ミキちゃんは待機場に手をふり駆け寄って行った。

何か軽く話をしてニヤニヤ戻ってきたミキちゃん。

 

笑いながら私に聞いてきた。

 

 

「今日のドライバー、エリックとのび太どっちにする?純ちゃんが選びな。」

 

 

 

旅は人を強くする。

 

 

 

 

 

 

 

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