第四話「フランスからの刺客、マイクとサマンサ」-後編 –

10th Jun 2020 by

 

 

Brooklyn is crazy as fuck.

 

バスタブのカーテンを閉め、手のひらが額を覆う。

確かに30、40センチほどの甲を描いた個体がいた。

今まで見たことのない光景に三本目の足が起立していた。

 

 

「テル君。」

 

「やっぱ…いたっしょ?大蛇?」

 

「いやテル君…大蛇ではないわ。」

 

「え?!嘘!?じゃあ何!!?」

 

「これ糞だわ。人間のかはわからないけど。」

 

「は?糞?何で!?なんでウンコがバスタブにあんの?!意味わかんないっしょ!」

 

犬も猫も飼っていなかったのに、バスタブにでんと構えた糞があった。

大蛇がバスタブにいるのも同レベルで意味わからないが、

この家はユニットバスだった。

隣にある便器を見たら誰だってパニックだ。

テル君も私も次第に背景を想像し、

遠くの方から物凄いスピードで笑いが込み上げてきた。

 

「いや、ウンコ……wwww何でwwwwwww?隣に便器あんのに?w」

 

「しかもデカすぎないw?これ馬レベルだよwww」

 

数分息が止まるほど笑い、笑死しそうなぐらいだった。

誰でも経験があると思うが、

相手とのタイミングが重なるとこういう笑いの連鎖的な瞬間があると思う。

底の深い壺に滑り落ち、腹を抱えて笑い転げた。

そして数分後壺からようやく抜けた頃、

当たり前のように現実と再会し次の展開へと流れていく。

 

で、これどうしよう。

 

ゴミ箱か、それか流した方がいいのか。

手掴みなのかトングなのか…

そして解決の策を練り始めると同時に、

根本的な疑問が肩を叩いた。

 

まずこれは誰の糞なんだ。

 

ルームメイトの二人は予告通り帰ってきていなかったから、

必然的に4人絞られる。

 

テル君、自分、マイク、サマンサ。

 

マイク達が昨夜帰って来ているか、

確認しようと静かにリビングに向かった。

彼らは帰ってきているのか?

もし帰ってきていなかった場合、

テル君が名役者か、自分が夢遊病なのか?

カーテンの前に行くとベッドが左右にゆっくり軋む音がした。

彼らは多分カーテンの奥で寝ている。

こうなるとマイクとサマンサへの疑いは半端じゃなくなった。

部屋に戻るなり糞の処理のことなんて完全に忘れた二人は議論を始める。

テル君は自信満々に切り出した。

 

「いや、あれはマイクっしょ。あいつ以外あんなの出ないよw」

 

「間違い無いわwマイクならあり得る。むしろあいつ以外無理だわw」

 

あっという間にマイクの糞と言う事に決まった。

大量の新聞を持ってバスルームに戻り処理に向かい、

笑い尽くしてしまった光景に特に騒ぐこともなく、

淡々と処理を済ませた。

朝食もあまり食べる気にならず、

支度をしてすぐにテル君と駅へ向かった。

 

道中の電車内では朝の出来事の話で持ちきり。

だが改めて話していたら次第にまた色々な事が気になり始めた。

突然現れた糞。

最初は疑問が笑いに変わって、

ここにきてまた笑いが疑問に変わってきた。

 

なんでマイクはすぐ隣にある便器を使わなかったのか?

 

フランスだと当たり前だったりするのか?

いやそれは無い。そんな国はない。

 

それか自分のがデカすぎるのをわかっていて、

便器を踏まえた配慮だったのか…?

 

疑問に答えはでなかった。

 

学校についてからも他の友達に今朝の話をすると、

皆ゲラゲラ笑っていた。

下ネタは国籍も年齢も関係なく、共通の笑いのツボらしい。

 

その日の放課後はソーホー周辺で、

クラスの友達とスケボーをしながら帰った。

UNIONとかREAD SPACEとか今はもうなくなってしまったけど、

ダウンタウンに行く時は必ずと言っていいほど行っていた気がする。

学生時代一番好きな遊び場だった。

小便くさい地下鉄のホームから上がると、

世界有数のファッション地区がダウンタウンにある。

雑誌から飛び出てきたようなモデルも、

ローカルスケーターも、ホームレスも街の一部で、

石畳のストリートに人が座っているだけで画になるような街。

当時21歳のパンパンの憧れを抱え込んだ私にとっては全てが衝撃だった。

 

ソーホーの隣のチャイナタウンで友達と別れ、

キャナルからQトレインに乗り、

フラットブッシュについた時には日は完全に暮れていた。

気がつけばもう戦いの最終夜。

フォーカスがいつの間にかづれたマイクとサマンサの滞在は、

学校での笑い話になっただけで、心配していた事はもう問題なさそうだ。

ただ今朝の真相はかなり気になる。

タイミングで今朝の事マイクに会ったら聞いてみようと思っていた。

 

いつも通り玄関のドアを開けたら大家のアキさんが来ていた。

 

「おかえりー。今日この子達最後だから乾杯しに来てたー。ご飯食べた?」

 

「いや食べてないです。一緒にいいんですか?」

 

それからアキさん含め4人で晩ご飯を食べることになった。

マイクとサマンサとは言っても数回話しただけで、

その時も特に会話も盛り上がらなかった。

というかマイクがホントに喋らない。

サマンサに日本の事や学校のこととか聞かれたぐらいで、

曲がれば行き止まりの会話の応酬が続く。

何とか場を盛り上げようと思い、

昨日のことを切り出したかったが、

食事中は気分が良く無い話だと思い踏みとどまっていた。

それから適当に微妙な時間はいつもより遅く過ぎていった。

食事を済ませて、部屋に戻ろうとした時マイクが話しかけてきた。

 

「KIKIタバコもらっていいか?」

 

「いいよ。今から屋上に吸いに行くから一緒行こうよ。」

 

マイクと階段をのぼり屋上に向かう。

昨日の事を聞く絶好のチャンスだ。

ただ何で切り出すかが問題だった。

ふざけた奴なら砕けた感じで聞けたが、

マイクは説明してきた通りの岩みたいな男。

会話の流れで持って行こうと思った。

 

「明日フランス帰るの?」

 

「いや、明日からロスに行くんだ。」

 

「そうなんだ。ニューヨーク楽しかった?」

 

「何回も来てるから楽しいとかは無いけど、いつ来ても好きな街だよ。」

 

「昨日はどこ行ってたの?」

 

「昨日は最悪だったよ。サマンサとクラブで喧嘩してさ。」

 

「マジで?最悪じゃん。でも仲直りしたならいいじゃん。」

 

「今はな。でも喧嘩の後怒りが収まらなくて俺は昨日帰らなかったんだ。」

 

「え…?どこのいたの?」

 

「クラブから友達の家にいって、そのまま泊まったんだ。」

 

「マジ?じゃあマイク今日の朝いなかった?」

 

「あぁ、俺は昨日友達の家に泊まって、今日アキが来るタイミングで戻ったんだ。」

 

「OH MY GOODNESS…」

 

 

サマンサに逮捕状。

 

この瞬間マイクのアリバイが成立してサマンサの逮捕が確定した。

もう今回は落ちた訳じゃ無い。

自ら壺に向かって頭から突っ込んでいく感じだった。

こんな状況で笑わない奴いるのかと思う。

急に一人で腹を抱えて笑い始めた私にマイクは驚いていた。

 

「どうしたんだ?何でそんなに笑ってるんだ?!」

 

マイクは少し笑っていた。

マイクが笑っていたのを見たのはその時が初めてだったと思う。

それからマイクに今朝の出来事から、

今の会話で犯人がサマンサだという事が決定的になった事を伝えた。

マイクはダムが決壊したように笑い始めた。

 

「嘘だろ!!!?何でサマンサはバスタブにしたんだw?!」

 

「いや知らねーよw!お前の彼女だろw!むしろお前がきいてくれよw!」

 

マイクはその後も涙が出るほど笑っていた。

テル君の大蛇と間違えたあたりにも相当くらっていて、

本当に楽しそうに見えた。

やっぱり下ネタは世界共通で笑えるらしい。

一緒に笑うと一気に距離が縮まる気がする。

これは国が違うとか、人種が違うとか関係ない。

かなりシンプルな事だが、すごく重要な事だと今でも思う。

 

マイクと私はそれから何本か余計にタバコを吸い部屋に戻った。

マイクがその後サマンサに事情を聞いのかは今も知らない。

 

翌朝、起きてキッチンに向かうと彼らはもう出て行った後だった。

マイクとサマンサは早朝に空港に向かったらしい。

今回もまたとんでもない奴らだった。

前回の女DJも、バスタブに糞をかましたサマンサも、

この家に来る奴の大体が想像を超えてくる。

 

人の記憶にいつまでも残るのは結果こういう人達だったりする。

腹も立つし、付き合っていられないとその時は思ってしまうが、

想像を超えてくる刺客達にはいつも視野を広げられてきた。

行動の個性がその人の個性だと私は思う。

外見のインパクトなんて二の次だ。

 

誰もいなくなったカーテンリビングには空虚感が漂っていた。

タオル片手にバスムームに向かい、シャワーの蛇口をひねった。

髪から身体を通り、シャンプー混じりのぬるま湯がバスタブに流れていく。

 

次は誰が入ってくるんだろう。

 

バスルームの小窓から見える朝のブルックリン。

今日のフラットブッシュも朝からラスタは騒がしい。

 

 

 

-完-

 

 

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