第二十三話「クイーンズの一流ライダーナイジェル」

21st Oct 2020 by

 

 

2017年の秋。

 

一本の電話が鳴る。

 

「もしもし、キキさんクラークの友達が東京で撮影があるらしくてフォトグラファー探してるみたいなんだけど、もし興味あればどうですか?BMXのライダーなんだけど、ナイジェルって知ってる?」

 

ジュンからの電話だった。

 

「いや、わからないです。でもやりたいです!是非繋いでください。」

 

「じゃあキキさんの番号教えておくから連絡してもらいますね。多分本人から連絡いくとおもます。」

 

そのやり取りから数分後、

ナイジェルからテキストが届いた。

依頼内容は彼自身が企画している、

“Go!”という企画の撮影でのスチール撮影の依頼。

過去の彼の作品が一緒にリンクで送られて来ていて、

リンクを開き自分の想像の何十倍ものレベルの作品に絶句した。

さすがクラークさん。

 

絶対やりたいと思った。

 

この企画は簡単に言えば、

世界の色々な都市をナイジェルがBMXで走る。

だけの企画。

ただその中のストーリーが面白かった。

意外な登場人物や各都市ならではの構成も最高。

見たことがない人はYouTubeにあるので是非。

Nigel Sylvester GO!で検索してみてください。

 

ナイジェルからのテキストに二つ返事でやると伝え、

次に彼から私のギャラの値段を聞かれた。

 

撮影日数は3日間。毎日朝から晩まで一日通し。

 

最初は頭の中で計算が始まって数字が回った。

稼働する時間や自分の今のレートを合わせて計算する。

カメラで生活をする中で当たり前になっていた、

昔は全くなかった反射神経がこの時も敏感に動いた。

でも数字を回している内に不意に違う考えが浮かんで、

この企画ならチャンスに投資してみるのもいいかもしれないと思った。

目先の金より先にbetするのも悪くない。

理由もなく突然出て来たこのアイディアは、

すぐに自分の中で採用され完全な勢いでナイジェルに返信をした。

 

“今回はギャラはいらないから、

もし写真を気に入ったら次の仕事を投げてほしい”

 

“本当に?もちろんOKだけど、本当にそれでいいのか?”

 

“それでいいよ、ギャラはチャンスでいい”

 

“了解、決まりだ”

 

勢いは大事だと思う。

物事がどんどん進んでいくから。

ただ勢いの先がいつも上手くいくとは限らないが。

この時の判断が正解だったかは当然この時もわからなかったが、

ただ確実にいつもと違う感覚になれた実感はある。

 

初心に帰った感じというか。

 

連絡を取り合ったのはナイジェルが来日する約1ヶ月前。

最後のメールをしてからは一度も連絡を取らず、

あっという間に撮影の日を迎え、

私は仙台から待ち合わせの浅草まで朝一の新幹線で向かった。

この話が決まってから頭の中で何度もイメージトレーニングをした。

スタッフが何人いるのかも、

どんなシチュエーションなのかも知らされていなかった。

事前に何度かミーティングをして、

構成表が用意されたいつもの撮影とは真逆の境遇。

カメラを始めた頃のこの厳しい感じが心地良くもあった。

 

待ち合わせの場所に着くと誰もいない。

指定された場所は浅草寺付近のとある小道。

早朝の浅草寺は地元感が強くて、

私以外皆顔なじみの御近所さんたちが怪しげに私を見ていた。

全く来る気配もなくてナイジェルに電話をすると、

別の場所で既に撮影を始めているらしい。

 

いや連絡くれよって感じだった。

 

とりあえず再度指定された場所に向かい、

撮影クルーらしき集団が見えた。

3人の撮影クルー。

ディレクターのハリソン、サブディレクターのジェイミー。

通訳兼コーディネーターのロブ。

加えてナイジェルがいた。

 

「KIKIか?ナイジェルだ、よろしく。今日は浅草で何箇所か撮ってから相撲部屋、それから秋葉原にいく流れ。各場所で映像おさえてから何枚か写真を撮っていこう。」

 

「了解。じゃあ準備するわ。」

 

予定通り進めるには時間がかなりタイトだった。

映像撮影がメインで多分写真はプレスリリースにでも使うのだろう。

各場所で自分にどれくらいの時間が与えられているのかもわからない。

不安要素はたくさんあったが、

そんな事を考えている暇もなく各場所での撮影が始まった。

ハリソンとジェイミーがナイジェルに細かい指示を出す。

仕草、言葉、次のカットへの繋がり、服の見え方…

とにかく詳細の詰まったディレクションに関心しかなかった。

Vチェックをしながらナイジェル本人のアイディアも出てくる。

何テイクもあ互いが納得のいくまで撮り直し、

Fixされたオーケーカットはいつも最高だった。

 

彼らは正真正銘のプロフェッショナル。

 

私はこのクルーに会うまでアメリカ人に値して偏見というか、

自分の今までの経験から勝手なイメージを持っていた。

 

それは何にでもルーズで適当だ。という点。

 

自分が今まで仕事をして来た、

アメリカ人のラッパーやアーティストは、

時間にも内容にも適当さを感じていた。

撮影したものを見せると大体が、

 

”Dope”と言う。

 

本当かよ?って何回も思ったことがあった。

作品を作る上でイエスマンはいらない。

もちろん本当に良いと思ってくれているなら別だけど。

作り手と映る側が本気で作る作品にはエモさが滲む。

ナイジェルとハリソンのやり取りはまさにアメリカの勝新と黒沢だった。

 

浅草での撮影のメインカットは浅草寺中央でのカットになった。

ここでナイジェルから急に声がかかる。

 

「KIKI、ここで今回の東京トリップのメインスチール撮りたいから構図を考えてほしい。ただ時間がないから5分で終らせてほしいんだ。映像に時間がかかって次の相撲部屋のアポに間に合わなくて。」

 

今回のメインがいきなり来た。

しかももらった時間は5分。

余裕なフリをして準備を始めた。

内心は心臓がバクバクしていたけど。

 

「OK、じゃあ準備するから。」

 

一枚決めカットを撮れたら勝ちだ。

もしかしたらこの5分がこれからの色んなことを変えるかもしれない。

この尋常じゃないぐらいの試されてる感じがゾクゾクして止まらなかった。

5分の中で何個も撮っても良いのが撮れる気がしない。

だから構図を決めて一発勝負でいくことにした。

 

むしろ1分で決めてやる。

 

ナイジェルを本道の中心に置いて、

浅草寺を背景に、11mmの超広角レンズで下からややあおる。

この場所でのベストだと思った。

この構図以外は忘れる。

とにかくこの構図を完璧におさえることに集中した。

高速でシャッターが切られていく。

無我夢中とはあの瞬間のようなことだったと思う。

それしか見えていない、それ以外何もない空間。

実際その空間にいたことはあまり覚えていない。

連写で何十枚か撮った後撮れた写真を確認すると、

自分でも納得の一枚が写っていた。

 

撮れた写真をナイジェルに見せるとブチ上がっていた。

 

「これでメインカットは決まり!次に行こう!」

 

本当に1分ぐらいで終わったメインの撮影。

それから夜まで色々な場所で撮影は続き深夜になってホテルに戻った。

部屋にチェックインをしてカメラバッグを開けてメインカットを再確認。

嬉しくてずっと一枚のカットを見続けた。

最高に幸せな気分だった。

何かに勝ったようなあの感覚は忘れようがない。

 

それから2日間、

サブカットとして各ロケ地で写真は撮ったものの、

あの一枚を超えるカットは出なかった。

ナイジェルはもちろんハリソンもジェイミーもロブも最高のチーム。

“一流”は世界共通ですごい。

今回初めて本当の一流達と仕事ができた気がした。

撮影規模や機材の問題ではなく意識がプロだ。

ナイジェルとの仕事を通して一流を見せてもらえた。

 

最終ロケ地の竹下通り。

無事に撮影も全てが終わり皆とハグをして別れた。

原宿からタクシーに乗り東京駅に向かい、

最終の新幹線で仙台に帰った。

 

 

 

 

それから一ヶ月ぐらいが経ったある朝。

ベッドで目が覚めてアラームを止め、

いつも通りベッドの上、半分寝ながらIphoneを確認した。

インスタからとんでもない量の通知が来ている。

上にスワイプしても永遠に通知が止まらない。

 

何があった?

 

自分のページを開くと、

USのHype Beastがナイジェルの企画を投稿していたのだ。

何百万人、何千万人への拡散力のある媒体が彼を特集したのだ。

そしてトップメイン写真はあのメインカットが使われていた。

私にとっては今までの中でも指折りの衝撃の瞬間。

加えてとんでもない量のアメリカ人から撮影の依頼のDMが入っていた。

恐るべしHype Beast。

 

ナイジェルのこのGO!という企画はそれからすごい勢いで拡散された。

それからのナイジェルの活躍は半端じゃない。

ジョーダンから自分のモデルを出し、

サムソンのコマーシャルにも抜擢されて、

ナイキ、G-Shock…スポンサーもキリがない。

ディレクターのハリソンも去年出した映画が賞を取り、

この間はポルシェのCMを撮っていた。

 

二人ともやっぱり本物だった。

 

ナイジェルやハリソン、

この二人の一流と仕事をして今思うこと。

 

 

俺は一体何をやっているんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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