第六話「Made In Cambodia. 地雷孤児ヤーイー」-後編-

24th Jun 2020 by

 

 

ここにいる子ども達には、

親と住めない何かしらの理由がある。

 

来ざる得なかった子もいれば、

望んで来た子もいる。

 

まだ学校にも通っていない子供から、

高校卒業寸前の青年まで、

幅広い年齢層の子供達が共同生活を送っていた。

 

家というかほぼ外で暮らす子供達。

ゲストハウスの裏庭に彼らの寝床はあり、

赤土の地面に屋根だけがある大きな小屋の下、

カラフルな人数分のハンモックだけが揺れている。

屋根以外何もなく、部屋どころか机もなければ椅子もなかった。

 

ヤーイーに出会った翌日の朝、

部屋を出ると子供達はもう学校に向かった後だった。

静かなカンボジアの朝はパタヤとはかけ離れた穏やかな空気感。

二階の私の部屋からロビーを覗くと、

小さい子供が数人と、パソコンの前に座る眼鏡をかけた少年が一人だけ。

ロビーに抜ける時に挨拶してみたが、子供達は全員フルシカトだった。

 

昨晩あの瞬間からヤーイーの言葉が頭をループする中、

コーヒーを買いに昨日のカフェバーに向った。

今まで散々スルーしてきた貧困の現実だったが、

今回は昨晩から奥歯に挟まったまま中々取れず、

どこか気持ち悪い感覚に付きまとわれていた。

 

確かにヤーイーに起こったことは悲しいことだと思った。

言葉を聞いた瞬間何かしてあげたいと瞬発的に思ったのも事実だが、

ただ一つ一つの貧困に感傷的になっていたらキリがない。

一人にあげたら他の子にはあげない理由を探さないといけなくなるし、

先を何も考えない適当な施しが不平等を生むんだと思う一面もあった。

今までボランティアや慈善活動に全くノータッチだった私は、

初めてあげる側になろうと試みた時、

こんなにも平等という観念が正義に見えるとは思っていなかった。

 

自分は無力で何かを変えられるほど力のある人間ではない。

全財産も十万くらいしかないただのリハビリ患者の自分にここで何ができるんだ。

 

向かったカフェバーには一人の若い現地の女性が働いていた。

彼女は笑顔で私を迎えてくれて、気さくに話しかけてくれた。

 

「あなた初めて見るね。昨日から泊まってるの?」

 

「そうだよ。色々な経緯はあるんだけど、流れ流れて昨日タイからここに来たんだ。」

 

カンボジアに着いてから出会った人の中でも彼女は抜群に英語が上手かった。

 

「あなた日本人?」

 

「そうだよ。」

 

「へー珍しい。ここあんまり日本人来ないんだよ。どうやってここを見つけたの?」

 

「そうなんだ。実はあの部屋にいるベルギー人のおっさん達とたまたま国境で一緒になって、ここを紹介されたんだ。」

 

女性の顔つきが明らかに変わった。

でもそれは怒りというより真剣な表情にみえた。

 

「じゃああなたもあの人達と同じ目的?」

 

「いや、違うよ。たまたま来ただけ。昨晩実際この目で見たよ。あいつらがどれだけクソな奴らかは今はわかってる。君はここで働いているの?」

 

「そう。子供達の学校が終わるまでここで働いて、放課後は勉強を教えてる。あなた今あのベルギー人達をクソだって言ったけれど、何がクソなの?」

 

「あいつら児童買春してる鬼畜でしょ?人としてどうかしてるよ。」

 

「確かにそうかもね。でもあの人たちのおかげで飢え死にしないで暮らしていける子供達がいるのも事実よ。この国では生きていく事だけで皆精一杯なの。だから私はあの人達は嫌いだけど、否定はできない…」

 

彼女はとても辛そうに見えた。

実際彼女の満更否定できない言葉に圧倒されたのも事実だ。

でも児童買春を肯定することはどうしてもできなかった。

 

「確かに君が言うことは頷ける部分もあるけど、どんな理由でも俺はあのおっさん達がしている事が正しいとは思わないね。人道的におかしいだろ。」

 

「そんなの皆分かってる。でも親もいない孤児院にも入れない子供はどうやって生きていけばいいの?ここの孤児院にいる子はまだラッキーな方なの。あなたはここに何しに来た?アンコールワットを見に来た?ほとんどの観光客はここに来て世界遺産を見て、観光客しか行かないクラブで毎晩の様に豪遊してただ帰国していくの。それに比べたらあのベルギー人達は方法はおかしいかもしれないけど、何人もの子供の飢えを救っているとも私は思ってしまう。やっている事は吐き気がするほど気持ち悪いことだけど、人間死んだら終わりじゃない。違う?」

 

図星も図星だった。

パタヤで豪遊して頭がおかしくなりそうになって、

逃げてきただけだった私には返す言葉もなかった。

ただそれでも児童買春は肯定できなかった。

 

「そうだけど…児童買春はやっぱり見るに耐えられない。まあ…それしか言えないけど。」

 

「別にあなたを責めてる訳じゃない。ただこの国の現状を観光客の人達は見て、同情みたいな言葉を並べるだけで何も行動には移してくれない。私はあなたの様に児童買春を否定する人も何人も見てきた。だけど皆それを言葉で否定するだけで何もしてくれなかった。この国の子供達がなぜ貧困から抜け出せないかわかる?絶対的に教育が足りないの。会話はできても字を書けない子もたくさんいるし、英語も話せる子もほんの一握りしかいないの。国自体にお金がないこの国で、そんな子供達が大人になって給料のいい仕事につけると思う?学校では生徒2500人に対して、先生は数十人しかいない。放課後はほとんどの子供が親の仕事の手伝いをするの。そんな環境で育ってどうやってこの状況から抜け出せばいいの?」

 

彼女は落ち着いた口調で的確にこの国が抱える問題を伝えてくれた。

そしてその言葉達は昨晩から今まで奥歯に引っかかっていた何かを抜いた。

与える側の平等なんてもらう側からしたらどうでもいい話で、

お前の正義とか平等とかどうでもいいから、金くれよって思うのは当然かもしれない。

ロジカルに言葉ばかり並べて結局何もしない方が、

よっぽど正義でも何でもないように思えた。

全員に平等になんて端から無理なんだ。

私がランダムで出会う子供達が私が手を差し伸べる事で一瞬でも救われるなら、

それが不平等だと言われたとしてもやるべき事なのかもしれない。

平等に与えるなんて正義感は捨てるべきだと私はこの時初めて思えた。

観光客全員が小さなラッキーをそれそれが落とせばいい。

無力だと決めつけていたのは自分自身のエゴでしかなくて、

とにかく自分が出会った子供達には何でもいいからやれる事をやってやりたい。

何の考えもなく突発的な思いつきを言葉にしてみた。

 

「放課後ロビーを俺に貸してくれない?正直金は微々たるぐらいしか持っていないから、金をあげることはできない。でも英語と日本語を子供達に教えることはできるかもしれない。もし良かったらチャレンジさせて欲しい。」

 

「喜んで協力する。私からオーナーに話しておくから今日から使っていいわよ。きっと子供達も喜んでくれると思う。」

 

「ありがとう。教えたことなんて一度もないけどやってみるよ。ところで先週からここにきたヤーイーを知ってるよね?7、8歳ぐらいの一人で絵書いてる女の子。」

 

「もちろん知ってるわ。ちなみに彼女は13歳よ。彼女はここにきて以来ずっと一人でいるの。まだ親と離れて間もないから誰にも心を開かないの。」

 

え?

13歳?

別のヤーイーがいるのか。

明らかに見た目は7歳ぐらいの少女に見えた。

 

「彼女どう見ても13歳には見えなかったけど。ヤーイーって子2人いる?」

 

「ううん。ヤーイーは彼女だけよ。確かに彼女はその中でも小さいけど、これがこの国の現状なの。子供の時からまともに栄養もとっていないし、毎日ハンモックで寝るから身体が丸まってくるの。気がつかない?この国の人は身体が皆小さいでしょ。」

 

気にして見ていなかったが、確かに見てきた現地民の大人達も小さかった。

私自身166センチしかないが、この国では背が高い方だ。

彼女から 返ってくる言葉は全てが衝撃の連続だった。

子供達が帰ってきたら今日の18時から英語の授業があると伝えて欲しいと彼女に頼み、

飲みかけのコーヒーを片手に部屋に戻った。

言葉を教えた経験もないのに、

彼女との話の中で熱くなり急遽やる事になった授業。

まず子供達は来てくれるのだろうか。

 

不安要素しかないまま予定の18時を迎えた。

ロビーに集まったのは4人。

ヤーイーの姿もない。

他の子供達はお前誰だよ?

ぐらいの感じで別の場所でサッカーをして遊んでいた。

 

そりゃあそうだった。

 

昨日来た謎の日本人が今日から英語教えますって言われても自分でもいかないだろう。

教えるの前に仲良くなるべきだった。

初日は授業はやめて皆と遊ぶ事にした。

私は幸い子供の頃からサッカーをずっとやっていたから得意でもあった。

遊ぶ子供達の輪に入っていきボールを奪い、取ってみなと挑発した。

威勢のいい子供達から順に果敢にボールを取りに来る。

最初は笑いもしなかった子供達も途中から笑顔に変わってきた。

散々ボールの取り合いをした後、次はみんなの遊びを教えて欲しいと伝えた。

 

???

 

子供達は頭の上にクエスチョンマークが三つ並んでいるような表情だった。

彼らは全く英語がわからなかったのだ。

見かねた近くでその様子を見ていたカフェバーの彼女が、

カンボジア語で彼らに通訳してくれた。

すると一人の少年が私の手を引き裏庭に連れられた。

そこにはボロボロのチェス盤があり、

コマの代わりにペットボトルのキャップが置いてあった。

続々と子供達はチェス版を囲み、チェスのやり方を教えてくれた。

実際何を言ってるかは全くわからなかったんだけど。

日も完全に暮れて、初日は授業ではなくただの遊びで終わった。

皆と距離が縮まった気がして、少しは前に進んだ感じがした。

 

明日は皆授業に来てくれるかな。

 

大体の子供達とは今日交流することができたが、

そこにヤーイーはいなかった。

今日子供達と遊んで痛感したことだが、

英語を教えるにもカンボジア語で通訳してくれる人が必要だ。

カフェバーの彼女に頼めば早い話だったが、

私はその役をどうしてもヤーイーにやって欲しかった。

それが彼女が皆と打ち解けるきっかけになるとも思ったからだ。

昨日と同じくらいの時間にカフェバーに行くと、

ヤーイーは同じ席で絵を描いていた。

 

「元気?今日から英語の授業を始めたんだけどなかなか難しいね。4人しか来なかったよw」

 

「知ってる。」

 

絵を描きながら目も合わせずヤーイーは話をする。

 

「明日からもやるつもりなんだけど、君に通訳してほしいんだ。」

 

「…何で?別にいいけど。」

 

「本当?!助かる。君は英語が上手だから手伝ってほしいんだ。俺一人じゃきっと皆何言ってるかわかんないから。でも君は何で英語が話せるの?」

 

「お母さん英語の先生だったから。」

 

「そうなんだ。俺もまだ勉強中だけど君の英語はとても上手だ。一緒にみんなに教えてあげようよ。」

 

「いいけど…私友達いないから皆聞いてくれるか知らないよ。」

 

「大丈夫、俺が英語で話す事をカンボジア語でみんなにそのまま伝えてくれればいいから。しかも俺はもう君を友達だと思ってるよ。」

 

ヤーイーは顔を真っ赤にして、絵を描くのを辞め私を見た。

 

「明日何時…?」

 

「18時。明日はハローから教えようかなw」

 

「みんなハローぐらい知ってるよ…w」

 

ヤーイーが初めて少し笑ってくれた。

 

次の日の放課後、私は気合いを入れて授業に望んだ。

今日は昨日より来てくれればいいんだけど。

18時になり、部屋からロビーに向かうとほぼ全員の子供達が集まっていた。

 

めちゃくちゃ嬉しかった。

 

やっぱ一緒に遊ばないと心は開いてくれない。

その中にはヤーイーもいて、ロビーの隅で一人不安そうにこっちを見ている。

私は手招きをしてヤーイーを呼んだ。

皆の前で初めての授業。

実際私自身も緊張していたが、

不安そうなヤーイーを見ていたら自分の緊張なんてどっかに飛んでいった。

 

「まず自己紹介するね。俺はKIKI。日本人。旅をしていてタイから一昨日カンボジアに来ました。それで今日から英語と日本語を教えます。隣にいる彼女はヤーイーで、彼女は英語を話せるので通訳してもらいます。」

 

ヤーイーの背中を軽く押して、通訳を頼んだ。

震える小さな声で話始めるヤーイー。

私の言葉をヤーイーを通して理解した子供達が、

元気よくそれぞれが知っている英単語を返して来た。

 

「ハロー!」

 

「マイネームイズ!」

 

「サンキュー!」

 

昨日とは打って変わって縮まっていた子供達との距離。

皆の元気の良さにヤーイーにも笑顔が見えた。

それから通訳するヤーイーの声のボリュームはどんどん大きくなった。

素直に私が教える英単語を復唱する子供達。

ヤーイーもふざける子供達と一緒になりずっと笑っていた。

二日目の授業は大成功に終わった。

授業の後も、沢山の子供達が私の周りに集まって来て、

一緒に遊ぼうと誘ってくる。

初めて味わった教師の感覚だった。

救われたのは私の方だったのは言うまでもない。

 

それから毎日続いた授業。

観光なんて忘れて、まるでここに赴任した先生かのような生活だった。

ヤーイーも最初の授業以来皆と打ち解け、

それ以来一人でいることは無くなった。

毎日学校から帰っってくるなり私の部屋をノックし遊ぼうと誘ってくる。

女の子との遊びは正直なかなか難しかったが、

ヤーイーが心を開いてくれたことは心底嬉しかった。

他の皆とも日に日に仲良くなっていき、

夜は高校生達とこっそり一緒に酒を飲んだりもした。

思春期の男達は世界共通だ。

ある日キャバクラに連れて行って欲しいと言われ、

高校生を数人連れて原付でキャバクラにも行った。

まずカンボジアにキャバクラがある事自体驚きだったんだけど。

カンボジアのキャバクラは外にあって、

土の上にソファーが置かれただけの場所。

全員同じ真っ赤のドレスを着たカンボジアの女性が接客する。

高校生達は浴びるほどビールを飲んでいた。

会計は確か全部で2000円ぐらい。

破格すぎて何度も確認してしまった。

とにかく全員めちゃくちゃ楽しそうだった。

 

この件に関しては、後日オーナーにバレてしこたま怒られたが。。

 

そんな生活を1ヶ月続けた頃、私自身に心境的な変化が出てきた。

 

いつまで続けるか。

 

このまま一生ここにいるわけにもいかないのはわかっていたが、

ただ子供達と仲良くなった分、別れを切り出すのは難しくなっていた。

いつも通りカフェバーにコーヒーを買いに行くと、

今回のきっかけをくれた女性がいつも通り働いていた。

 

「そろそろシェムリアップを出ようと思うんだけど、これは逃げかな。」

 

「全然。あなたは本当によくやっていると私は思ってるわよ。ヤーイーなんて今じゃ皆の中心よ。それだけでもあなたのしてきてくれた事は素敵なことだと思う。でもあなたが出ていくと言ったら皆間違いなく止めるでしょうね。皆まだ子供だから。」

 

「こっちがもう泣きそうだよ。でも別れはいつか来ることだから進まないとね。時間あけちゃうと日に日に悲しくなるから急だけど明日出発する。早朝に行くから皆には言わないで。多分俺が絶えられないから。」

 

「了解。」

 

「今日は最後の授業になるから、皆をレストランに連れて行ってあげたいんだけど、どこかいいところないかな?」

 

「この街に一つだけショッピングモールがあるの。そこにイタリアンレストランがあるわ。きっと喜ぶはずよ。ここにいる子は誰も行った事ないはずだから。」

 

「じゃあそこに決まり。俺からオーナーには許可をとっておくよ。」

 

部屋に戻りパッキングを始めた。

一ヶ月住み続けた部屋は一人暮らしの学生アパートのように散らかっていて、

一つ一つ荷物をしまう度に沢山の思い出がフラッシュバックした。

本当にここに来て良かった。

今じゃあのベルギー人のおっさん達にも感謝したいぐらいだ。

パタヤを初め数々の国で馬鹿みたいにぶっ飛んでいた今までの旅の途中。

今は断言できる。

ドラッグで見える景色なんてただの虚像に過ぎない。

金で買える快楽は結局自己満に過ぎなくて、

寂しさや自信のなさを埋め合わせるものでしかなかった。

シラフじゃおかしくなりそうで、ただ現実から逃げていたいだけだった。

そして結局それが原因でまたおかしくなりそうになって。

負のルーティーンも甚だしいぐらいだ。

私は無宗教者だし、今でも神は自分の中以外に存在しないが、

パタヤから導かれる様にここにきて、

人の為に何かしてみなさい。

と自分の中の神に言われたような気さえした。

そして結果私自身が救われた。

この時が最も旅に対しての価値観が変わった瞬間であり、

助けることは、助けられることでもあると学んだ瞬間でもあった。

 

最後の授業。

子供達はいつもの授業だと思っている。

いつも通り振る舞った。

 

「今日はこれから全員でレストランに行きます。でもここから出た後は英語のみ。OK?」

 

子供達は優勝した瞬間のようにブチ上がった。

皆裏庭の小屋に走っていき、こぞっておしゃれを始めた。

孤児院では服を全員で着回している。

その中からみんな一生懸命にカッコつけたり、お粧ししたり。

本当に素直でピュアな子供達ばかりだった。

オーナーがタクシー手配してくれ、

引率でカフェバーの女性もついてきてくれた。

タクシーに乗るとヤーイーはいち早く私の隣に座り、

ずっと私の腕を組んで離さない。

歳の離れた妹のようで、可愛らしかった。

ショッピングモールに着くや否や、

アゴでも外れそうなくらい子供達は圧倒されていた。

私からすればボロボロの日本で言う昭和のデパートだったが、

子供達は初めてディズニーランドに来たかのようなキラキラした目をしていた。

レストランは最上階の4階にあって、入口からエスカレーターに向かった。

だが何故か皆エスカレーターの前で列になって止まってしまった。

 

「どうした?なんで乗らないの?レストラン4階だよ。」

 

カフェバーの女性が耳打ちしてきた。

 

「乗らないんじゃないの。乗り方がわからないの。」

 

子供達はエスカレーターに乗ったことがなかったのだ。

それから私とカフェバーの女性で両脇に立ち一人一人の手を取って、

エスカレーターに一人ずつ乗せた。

子供達はエスカレーターにも、まるで未来に来たかのようなブチ上がりだった。

ヤーイーは最後まで残っていて、私の手をとり恐る恐る一緒に乗った。

 

「ねーKIKI。私KIKIの事好き。KIKIいなくなっちゃうの?」

 

胸がズキっとした。

なんで明日いなくなる事を知っているんだ。

カフェバーの女性が言ってしまったのか。

 

「俺もヤーイーのこと好きだよ。ヤーイーは俺の妹だから。」

 

「ねーKIKIいなくなっちゃうの?」

 

今にも泣きそうな声で何度も聞いてくる。

 

「何で?いなくならないよ。ずっといるよ。」

 

あまりにとっさのことで嘘をついてしまった。

 

「嘘だ。最後だから今日ご飯食べにきたんでしょ。」

 

この子には伝わってしまっているのかもしれない。

ヤーイーには正直に言う事にした。

 

「ごめん嘘ついた。本当は明日の朝プノンペンに行く。だから今日でお別れなんだ。」

 

ヤーイーは瞬く間に泣き始め、

カフェバーの女性に抱きついて泣き止まなかった。

この時胸が苦しいという意味を肌で実感した瞬間だった。

カフェバーの女性は私を他の子供達のところに向かわせ、

ヤーイーとレストランの外でずっと話をしていた。

そのまま2人はレストランには来ず、結局食べ終わるまで外にいた。

子供達はご飯を食べ終わると、同じフロアーにあったゲームセンターに直行した。

一人ずつに100円ずつあげ、皆思い思いにゲームに夢中になっていた。

私はヤーイーの元に向かい、手をとり買い物に行こうと誘った。

泣き疲れた様子のヤーイーは何も話さず、私について来た。

何かヤーイーとお揃いのものを買おうと思った。

当時私の髪は胸の辺りまで伸びきっていて、お揃いの髪留めを買う事にした。

ショッピングモール内のお店で、赤い髪留めを二つ買いヤーイーに渡した。

 

「これは友達の証ね。これからこれをずっとつけて旅するから。だからもう泣くのお終い。」

 

ヤーイーは黙って髪留めを受け取り、

付けていた髪留めを外し、私があげた髪留めを付けた。

私もその場で髪留めをつけて、ヤーイーを連れて鏡の前に行き、

 

「ほらお揃い。みんなには内緒ね。」

 

ヤーイーはニコニコしてただ頷いた。

そして他の子供達を連れて孤児院に戻り、最後の授業は終わった。

 

翌朝の午前6時。

子供達が起きる前に出発する為、オーナーにタクシーを呼んでもらった。

 

「10分ぐらいで来るよ。KIKI本当に色々ありがとう。」

 

「こちらこそありがとうございました。キャバクラの件はすみませんでしたw」

 

オーナーは笑っていた。

すると裏庭から子供達全員とカフェバーの女性がヤーイーを連れて走ってきた。

走ってくる彼らを見ていたら涙腺が崩壊した。

嗚咽が出るほど涙が止まらなかった。

あんなに泣いた経験は今でも無いかもしれない。

皆にありがとうと言われ、全員とハグをした。

最後にヤーイーのところに行き、最後のハグをした。

なかなか離れないヤーイー。

彼女の涙が肩に染みてくるのがわかった。

胸が裂けるほど苦しかった。

 

「ヤーイーまたね。」

 

「KIKIありがとう。KIKIのおかげで私友達いっぱいできたよ。」

 

彼女のこの言葉はパタヤで汚れきった私の心を一気に洗い流した気がした。

そして皆に別れを告げバスターミナルに向かった。

次の目的地のカンボジアの首都プノンペン行きのバスに乗り込む。

昨日ヤーイーとお揃いで買った真っ赤の髪留めを外し、

手に取るとシェムリアップでの思い出が今一度蘇った。

普段一切出ない涙がこの時は無限に出るような気がした。

続々と乗客が乗り込んでくるプノンペン行きのバス。

満席になったバスの車内で蘇るこの街での思い出にも別れを告げ、

感傷的になった気持ちを整えてヤーイーとお揃いの真っ赤の髪留めをきつく締め直した。

 

 

ブチッ

 

 

キツく結ぼうとした髪留めが一瞬で切れた。

このタイミングかよ。。

泣きながら思わず笑ってしまった。

 

現実は映画のようにはいかないらしい。

 

さようならシェムリアップ。

さようならヤーイー。

 

 

 

後編 -完-

 

 

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