第十三話「キングストンのギャングスターのび太」-中編-

12th Aug 2020 by

 

 

ホテルのチェックインを済ませた私は部屋に荷物を置き、

中庭にあるプールサイドで寝転んでいた。

中庭から遠くのほうに見えるエントランス前の駐車場。

のび太の車はまだ同じ場所に駐車してあった。

 

まだいたんだ。何してるんだろ?

 

その時はそれくらいしか思っていなかった。

 

約二日かけてようやく辿り着いたジャマイカだったが、

マイアミでの一件から”黒人が怖い”という固定観念がなかなか頭から離れなかった。

元々目的もなく来た上に、

現地民のほとんどが黒人のこの国で、

 

どこかに行こう。とう気にもまるでならない。

 

ホテルまでのタクシーですら自然とのび太の動きを終始警戒していた。

結局何事もなく無事ホテルに着いてからも、

フロントマンや清掃員、

バーテン達に対しても警戒心から疑心感が芽生え、

視線を合わすことすらできなかった。

わかっていても無意識に拒絶してしまう感覚。

今まで味わったことのない感覚だった。

学校のいじめられっ子っていうのはこんな気持ちなのだろうか。

初めて踏んだ異国の地で芽生え始めた初めてのこの妙な感覚は、

つい一昨日まで全開だった行動力や探究心を飲み込み、

私はただプールサイドで水を眺めることしかできなかった。

 

「へーーーイ!」

 

遠くに見えるエントランス前の駐車場からのび太が元気よく手を振っている。

私は手を適当に手を振り返し、また視線をプールの水へとずらした。

できるだけ仲良くなりたくなかった。

傷ついた漫画の主人公にでもなったかの様に、

放っておいてくれ。と胸の中で何度も連呼していた。

それでも果敢に呼び続けるのび太。

 

「あれお前のこと呼んでるんだぞ」

 

プールサイドのバーテンがのび太を指差し話しかけてきた。

 

そんなこと当たり前にわかってんだよ。

関わりたくないからシカトしてんだ!

何なんだよ。放っておいてくれよ!

 

なんて言いたかったが、

全ての感情が胸で止まって喉から出てこない。

気持ちを言葉にできないっていうのはこんなに辛いことなのか。

今まで小学校から勉強してきた英語って何だったんだ。

割とちゃんと勉強してきたのに全く役に立たねーじゃねーか。

異国現地で進む1秒1秒がストレスを促進させていった。

 

「へーーーーーーーーーーーイ!へーーーーーーイ!!!」

 

どれだけシカトしても手を振り続けるのび太。

エンドレスなこの状況に折れた私は恐る恐るのび太の元へ向かった。

 

※ここからののび太の会話はあくまで私の解釈は憶測です。

 

「何度も呼んだんだぞ!お前大丈夫か?どこか行きたいとこないのか?」

 

「いや、、、ない。疲れた。から、寝たい。」

 

「お前何言ってんだここはジャマイカだぞ!遊ばないとダメだ!俺が案内してやる!」

 

「いや、、、大丈夫。ホント大丈夫。」

 

「お前疲れてんるんだな!じゃあ夜クラブに行くぞ!ここに22時頃迎えにくるからな!」

 

のび太は一方的にそう言い残し何処かに行ってしまった。

22時からクラブ?行くわけねーだろ。

心身共に疲れ切り弱っていた私にはのび太の誘いは迷惑としか感じられなかった。

行く気なんて0。

外にいたら誰かしらに絡まれそうな気がして部屋にそそくさと戻った。

 

ホテルの部屋は最高だった。

別にスウィートルームとか高級ホテルだとかそういうことではない。

誰とも触れ合わなくていいこの空間が最高だった。

今振り返れば典型的な引きこもり思考。

悪いのは自分じゃない。自分に絡んでくる奴らが悪い。

黒人全員が敵に見える。

何でこんな所に来てしまったんだ。

日本での大学生活の方がよっぽど最高だった。

カーテンの隙間からジャマイカの日光が差し込む電気の消えた部屋。

目的地に着いた時にはもうすでに腐っていた出発前のワクワク感は、

ベッドの上でシーツに丸まり圧倒的な後悔に代わり爆発寸前だった。

マイアミもジャマイカも日本にいた時は憧れの場所だったはずなのに。

 

目を開けた時にはもう部屋は真っ暗だった。

いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

電気をつけ時計を見ると21時頃。

そういえばめちゃくちゃ腹が減ったな。

色んな事を考えすぎていたからなのか空腹すらも忘れていた。

今の時間ホテルのレストランもやっているのか分からなかったが、

とりあえず水を買いにプールサイドのバーに行って見ることにしたが、

バーはすでに真っ暗で1人の従業員が片付けをしていた。

 

「どうした?もう閉店だぞ。」

 

「水、、水が買いたい。」

 

「じゃあフロントの隣のバーに行け、あそこは12時までやってるから。」

 

言われるがままに、フロントの隣のバーに向かった。

バーの扉を開けると客は誰もいない。

黒人のバーテンが1人、テレビを見ながらカウンターに座っていた。

 

「何飲む?」

 

「水。水をください。」

 

「水?お前バーに来て水飲むのかw?」

 

バーテンはカウンター下から水のペットボトルを取り、

グラス一杯の水をくれた。

いや、俺が欲しいのはペッドボトルの水なんだけどな。。

ここで飲みたいわけじゃない。。

私はペッドボトルを指差し、バーテンに伝えた。

 

「それ!それが欲しい。」

 

「あーボトルウォーターが欲しいのか。だったらそう言えよ!何本?」

 

「4本。」

 

「これ2リットルだぞ?そんな飲むのか?」

 

「うん。4本ください。いくら?」

 

「4本でUS20ドル。」

 

一本US5ドル?高くないか?

ホテルの中だからなのか?海外では当たり前なのか?

でもそんなことすらも伝えられず泣く泣くUS20ドルを支払い、

両手一杯にペッドボトルの水を抱えて部屋に戻ることにした。

プールサイドを通り部屋に戻っていると後ろから誰かが叫んでいる。

 

「へーーーーーーーーーーーイ!!!」

 

もう考えるまでもなかった。

 

のび太だ。

 

そういえば約束の時間は22時。

行く気0だった私は完全にのび太との約束を忘れていた。

どうしよう。見つかってしまった。

とりあえず完全シカトを貫き通すか。

あいつは客じゃないからあそこからは入れないはずだ。

ただ振り返って目があってしまった。

忘れていたフリはもうできない。

その場はとりあえずのび太に手を振り返し部屋に戻った。

 

ヤバイ。どうしよう。

 

このままシカトしてなかったことにするか。

いやでも明日逆恨みされて面倒になるのはごめんだ。

もうこれ以上面倒はごめんだ。

今日だけのび太に付き合って明日からは予定があると伝えよう。

今日で終わりにしよう。

水を冷蔵庫に入れ、適当に着替えてのび太の元へ向かった。

 

「何だお前その格好?!今からクラブに行くんだぞ?もっとお洒落してこい!」

 

「いやこんな服しか持っていない。」

 

「ダメだな。ジャマイカではダンスに行くとくはお洒落すんのが当たり前なんだ。」

 

「そうなんだ。」

 

「まあいい。とりあえず車に乗れ!」

 

私はのび太の車に乗り込み夜中のキングストンへと繰り出した。

そしてこれが向こう一週間最後の外出になる。

 

殺風景なキングストンの夜道。

生暖かい乾いた空気の中、月明かりが野良犬と凸凹の道路を照らす。

日本では見たことのないレベルの貧困感が伝わってくる。

全く人が歩いていない。

これも後で知ったことだが、

ジャマイカでは現地民ですら夜道は歩かないらしい。

そして走り始めて15分ぐらい経った頃、

のび太は徐に車を止めた。

 

「ちょっとここで待ってろ。すぐ戻るから。」

 

そう言い残しのび太は車と私を置いてどこかへ行ってしまった。

それから約1時間。

のび太は全く帰ってこなかった。

人が一人もいないジャマイカのゲトーの路肩で私はただのび太を待っていた。

すると何軒か先の家からのび太が出てくる姿が見えた。

そこには女の姿も見えた。

玄関先でのび太は女にキスをし車に戻ってきた。

 

「悪い悪い。遅くなってしまった。」

 

「何やってたの?」

 

「あいつは俺の三番目の女なんだ。たまに抱いてやらないと怒るんだ。」

 

は?セックスしてたの?

今では理解できる日本人以外の価値観もこの頃はこんなことでも度肝を抜かれた。

クラブの前に車に連れを待たせてセックスしてくるってこいつ大分イカれてる。

 

「今日行くのはアサイラムっていうクラブだぞ!ジャマイカで唯一のファンシーなクラブだ!お前俺がいてよかったな!」

 

良かったのか悪かったのかは別にして、

確かにのび太がいなければそんなクラブ初日に行くことはなかっただろう。

それにのび太はよく考えたらいいやつかもしれない。

マイアミから流れでこいつに会ったから勝手なこっちの先入観が先行していただけで、

今のところただの陽気なジャマイカ人だ。

それにのび太って名前もきっと以前に日本人から教えてもらったんだろう。

こいつは信用してもいいのかも。

よく考えれば黒人全員が悪人な訳がない。

マイアミのバッドマインドが少しづづだが薄れていっていた。

 

それから車を走らせること20、30 分。

今自分がどこにいるかなんて全くわからない。

のび太の運転に身を任せキングストンの夜道をひたすら進んだ。

そのうちに“アサイラム”とデカデカと書かれた看板が見えた。

クラブの前には何件ものジャークチキンの出店が出ていて、

お洒落をしたジャマイカの若者達がクラブの周りに何百人もいる。

地面が揺れそうなぐらいのレゲエ特有のベースが響き、

リアルジャマイカ感に久々に興奮してきた。

きっと今日は楽しめる。

のび太もいるから何かあっても何とかなりそうだ。

見知らぬ地の見知らぬ場所。

現地人の連れほど頼りになるものはない。

一度は心を占領していた恐怖心も徐々に消えていくようだった。

 

「ここがアサイラムだ!すごい賑わいだろ?」

 

「うん、なんか少し元気になってきた。」

 

「そうか!じゃあ車止められる場所見つけるから少し廻るか。」

 

のび太はアサイラムを通り過ぎ、隣のブロックへ左折した。

キングストンは道を一本外れると景色が一変する。

さっきの賑わいの180度反対の景色がそこにはあった。

また人一人も歩いていないゲトー通り。

のび太はその通りを少し進んだ路肩に車を停めた。

何だかさっきまでと雰囲気が違う。

 

「着いたぞ。降りろ。」

 

「え?一緒に行くんじゃないの?」

 

「は?何で俺がいくんだ?俺は行かない。お前一人で行くんだよ。」

 

一人であんなギャング感全開の場所なんて行けるわけがない。

ただ黒人ってだけで怖いのにあんなとこ一人で行くなんて、

ネズミが猫の家をノックするようなもんだ。

 

「いやいや一人なら行きたくない。」

 

「じゃあ付き添い料払え。後ここまでのタクシー代は必ず払えよ。」

 

「いくら….?」

 

「タクシー代がUS100ドル。付き添い料がUS200ドル。帰りも送って欲しいならプラスUS100ドルだ。」

 

いくら何でも高すぎた。

さっきのホテルのバーで買った水も多分ぼったくりだが、

この値段はもはや脅しに近い。

 

「いやそんなお金払えない。そんなに持っていない….。」

 

さっきまで徐々に薄くなりつつあった黒人への恐怖心はこの時、

さっきの何倍にも膨れ上がっていた。

目も合わさず片手でハンドルを握りただ前を静かな目で見るのび太。

そして何も言わず車のセンターコンソールを開け、

同時に車の4ドア全てにロックをかけた。

 

 

車内密室のキングストンのゲトーの路肩。

背筋が凍りつくような光景が目の前にあった。

 

本当に終わったかもしれない。

 

今回はマジで殺される。

 

 

のび太は右手に刃渡り20センチほどのナイフを握りしめ私を直視していた。

 

 

中編 -完-

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